阪神 梅野へ引き継がれた虎のVロード

2020年01月18日 11時00分

「チーム梅野」のパーカを着た梅野(前列左)と大山(同右)。後列は左から横山、能見、岩貞、岩崎

【楊枝秀基のワッショイ!スポーツ見聞録】先輩冥利に尽きる話ではないだろうか。かつては「チーム能見」で行っていた沖縄・宜野座での自主トレ。それが今では、かつての門下生が率いる「チーム梅野」のメンバーとしての参加となった。下克上でも何でもない。能見としては望むところの、うれしい出来事だったに違いない。

 16日に阪神・能見篤史投手(40)、梅野隆太郎捕手(28)ら6選手が春季キャンプの行われる場所でもある、かりゆしホテルズボールパーク宜野座での自主トレを公開。「Team Umeno」の頭文字である「TU」のプリント付きパーカ、帽子を着用した能見は「今回は参加させていただきました」といたずらっ子のように笑った。

 かつては能見がリーダーとして行っていた宜野座での自主トレ。そのころは能見の投球時のシルエットをあしらった、揃いのTシャツで梅野も汗を流した。だが、ここ2年は「あの子らが中心となっていく年代になるので、自分らで考えてしてくれたらいい」と、能見の方から距離を置いていた。

 そこからの再合流となったわけだが、理由は梅野の急成長によるところが大きい。

 ルーキーイヤーの2005年以来の優勝を悲願とする能見は、以前にこんな話をしていた。

「あの当時は扇の要に同じ人がドンと構えていた。サイン通り投げるだけ。頼りになるし、打っても3割、20本塁打近い成績。そりゃそんな捕手がいたらチームも強いはず。あの矢野さんのような存在に梅野もなれると思ってるんです」

 能見の期待どおり、梅野は打って守れる捕手となった。その存在感を認めたからこそ「チーム梅野」の輪の中に飛び込んだ。そして、自分の引き出しをすべて伝授するつもりだ。矢野から能見へ、能見から梅野へ…。優勝の味を知る猛虎がつなぐVロード。今季で41歳を迎えるベテラン左腕は、15年ぶりの美酒を待ちわびている。

 ☆ようじ・ひでき 1973年8月6日生まれ。神戸市出身。関西学院大卒。98年から「デイリースポーツ」で巨人、阪神などプロ野球担当記者として活躍。2013年10月独立。プロ野球だけではなくスポーツ全般、格闘技、芸能とジャンルにとらわれぬフィールドに人脈を持つ。