佐々木朗希よ、焦ることなかれ 桑田でもデビュー年は地味

2019年12月11日 11時00分

新人選手入団発表会であいさつする佐々木朗

【赤坂英一 赤ペン!!】ロッテ入りした“令和の怪物”佐々木朗希投手(18=大船渡)への期待が過熱している。9日の入団会見にはファンクラブ会員を招待し、CS放送でテレビ生中継。来季プロ初登板が決まったら、日本ハムが清宮や吉田輝のデビュー戦で観戦証明書を配ったように、いろいろ派手な演出が行われるだろう。

 しかし、佐々木朗が高校生最速163キロをマークしたとはいえ、いきなり1年目から活躍できるかどうかは未知数だ。今夏の岩手県大会決勝は故障回避のために登板せず、U18W杯でも右手中指の血マメで1イニングしか投げられなかった。最初のうちは体力づくりに専念するべきではないか。

 佐々木朗はプロでの一番の目標に沢村賞を掲げている。これはシーズン10完投以上が基準の一つで、広島・大瀬良の6が最多だった今季は19年ぶりに該当者なし。堀内選考委員長は「時代に合わせて基準を変えるつもりはない」と断言した。

 ちなみに、高卒新人で沢村賞を受賞したのは、1966年の堀内委員長ひとり。いくら佐々木朗が“怪物”とはいえ、現時点では高過ぎるハードルと言わざるを得ない。

 そこで思い出されるのが、高卒2年目の19歳で沢村賞を獲得した巨人・桑田である。いまでこそ投手のかがみとしてカリスマ視されているが、新人だった86年のプロ初登板は何とも地味なデビュー戦だった。

 本拠地ではなくナゴヤ球場の中日戦で、12―1と巨人が大量リードした8回に登板して1失点。初先発した阪神戦も3回途中4失点で降板。本拠地・後楽園球場での阪神戦こそ初勝利を初完投で飾ったものの、1年目は結局、2勝1敗、防御率5・14に終わっている。

 ところが、2年目の87年は先発ローテに割って入り、15勝6敗を挙げて最優秀防御率(2・17)のタイトルも獲得。完投数も14というタフネスぶりまで見せつけ、沢村賞投手となったのだ。

 桑田氏はのちに、「1年目はフォームを崩して自信を失いかけていた」と吐露。現役時代に“8時半の男”として知られたOB宮田征典氏に、「高校時代のフォームで投げればいい」と言われたことが成長できる大きな転機になったという。

 どれほど秀でた素質の持ち主にも、最初は準備期間が必要だ。佐々木朗も1年目は焦ることなく、十分助走した上で、しっかり踏み込んでから跳び上がってもらいたい。

 ☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。毎週金曜朝8時、TBSラジオ「森本毅郎スタンバイ!」出演中。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」(講談社)などノンフィクション増補改訂版が電子書籍で発売中。「失われた甲子園 記憶をなくしたエースと1989年の球児たち」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。ほかに「すごい!広島カープ」(PHP文庫)など。最新刊は構成を務めた達川光男氏の著書「広島力」(講談社)。日本文藝家協会会員。