「ルールを変えろ」原監督のFA持論が豹変したのは渡辺主筆直伝「君主論」を実践!?

2019年11月13日 11時00分

原監督に「君主論」を説いた渡辺主筆

【赤ペン!・赤坂英一】巨人・原監督の発言が波紋を広げている。現行のFA制度で定められた旧所属球団への人的補償を「敵でしょ。ふざけてるよね。なくす必要がある」と批判したのだ。

 さらに、丸の人的補償で広島が長野を獲得したため、長野をプロテクト枠28人から外していた巨人が悪役視されたことにも言及。「(その論調にも)ヘドが出る。やっぱり人的補償はダメだな」と斬って捨てた。

 第2次政権時代までの原監督はFA補強に乗り出す際「われわれは常に正々堂々と、ルールにのっとってやる」と公言した。それがいまでは「誰が決めたルールなのか知らないけど、ルールは変えればいい」だ。

 FA制度はそもそも、原監督が現役時代、選手会長を務めていた1993年に導入が決まった。原会長は当時「FAはわれわれが作った」と胸を張ったが、実際には渡辺・読売新聞社社長(当時、現読売新聞グループ本社主筆)が成立させたと言っていい。

 当時の渡辺社長はドラフト廃止を訴え、これが球界に認められないと、FA一本に絞って持論を展開。「ドラフト廃止もFAもダメとなると憲法違反。公然たるカルテルだ。女郎屋にだって3年の年季明けがある。それもダメなら新リーグ結成だ」と声を荒らげた。

 もっとも、このときの渡辺社長は巨人で役職を持っていない(オーナー就任は96年から)。他球団からは「読売の社長は部外者。選手会長の原を援護するのは筋違い」と批判の声も上がった。

 すると、今度は巨人の球団幹部が「原くんとは何の話もしていません」と弁明。「大体、選手会は腰が引けている。ストもできないくせに。原くんにそんなリーダーシップがあるのかね」と返す刀で身内の原までやっつけている。原はひたすら沈黙を守っていた。

 原監督が誕生した2001年オフ、渡辺オーナーはマキャベリの「君主論」を読んで聞かせた。「君主とは愛されることと恐れられることが望ましい。2つとも得るのが難しければ、恐れられることを選べ」(大意)という有名な一節である。

 あれから18年、原監督は十分に「恐れられる」君主になって「FAのルールを変えろ」と声高に訴えている。まるで、渡辺オーナーの教えを実践しているかのように。しかし、それは巨人と球界、原監督自身にとって、いいことなのだろうか。

 ☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。毎週金曜朝8時、TBSラジオ「森本毅郎スタンバイ!」出演中。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」(講談社)などノンフィクション増補改訂版が電子書籍で発売中。「失われた甲子園 記憶をなくしたエースと1989年の球児たち」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。ほかに「すごい!広島カープ」(PHP文庫)など。最新刊は構成を務めた達川光男氏の著書「広島力」(講談社)。日本文藝家協会会員。