異色のドラフト候補 名古屋大のエース左腕・松田亘哲はバレー部出身

2019年10月12日 16時30分

メガネがトレードマークの名大左腕・松田

 国立の名門大から、不退転の決意でプロ一本の志望を固めた。名古屋大のエース左腕・松田亘哲(4年)は高校時代野球部に属さず、大学で初めて硬式球を触ったという異色の経歴の持ち主だ。

「中学では3番手。言い訳になっちゃいますが、体格的にも恵まれてはいなかった。1学年10人のなかで後輩にもうまいのが入ってきて、レギュラーも取れるかどうかの瀬戸際で。この先硬式では厳しいなと悟って、自分から野球を離れたんです」

 高校では友人に誘われ、バレー部でリベロとしてプレー。将来を考え引退後は地元の名門・名古屋大を目指し猛勉強を始めたが、受験勉強の息抜きに見ていたプロ野球が、くすぶっていた思いを呼び覚ました。

「受験中から、大学では軟式や準硬式ではなく、硬式でやろうと決めていた。もう一度本気で野球に取り組んでみようと」

 3年のブランクに最初はまともにストライクも取れなかったが、球速は120キロを記録。信頼できるトレーナーとの出会いもあり、3年間で148キロを記録するまでに伸びた。現在は7球団から調査書が届いており、一躍ドラフト候補として名が挙がるまでに急成長を果たした。

「フォームを固めたら、140キロまではポーンと伸びた。そこからバランスを崩さないように体をつくって、少しずつ伸ばしているところ。プロを意識したのもその過程です。きっかけや手応えがあったわけではないけど、自分の限界がどこにあるのか試してみたくて」

 指名があれば同大初。東大、京大に続き、旧帝大からは3校目のプロ野球選手誕生となる。一方でたとえ指名漏れでも独立リーグでのプレーを希望するなど、野球一本の意思は固い。

「高校野球をやらなかったことの後悔はないです。野球を続けていたら今の大学に入れてなかったかもしれないし、多くの子のようにそこで燃え尽きていたかもしれない。僕の場合、冷却期間を置いたからこそ今があると思ってる。逆にあのときあきらめたからこそ、今は本気でプロを目指してみたい」

 一本やりで愚直な性格そのままに、トレードマークのメガネにもこだわりがあるとか。
「野球でもバレーでもずっとメガネだったんですが、あるとき、名大でメガネだったら覚えてもらいやすいかなと思って。まあ、後付けですけどね。国公立で元バレー部でメガネ、キャラが渋滞を起こしてますよね(笑い)」

 退路を断った異色の秀才左腕は、自らの手で道を切り開けるか。

 ☆まつだ・ひろあき 1997年5月16日生まれ、愛知県岩倉市出身。岩倉北小1年のとき、同校のスポーツ少年団で野球を始める。岩倉中では軟式野球チーム「小牧ジュニアハイスクールベースボールクラブ」でプレー。江南高では野球を離れバレー部に所属。名古屋大進学後、硬式野球部でプレーを再開する。176センチ、80キロ。左投げ左打ち。