阿部も最後の思い出をファンに残してほしい…あの時の中畑のように

2019年10月02日 11時00分

1989年の日本シリーズ第7戦で代打本塁打を放ち、ガッツポーズする中畑

【赤坂英一 赤ペン!!】令和元年の今年、巨人が平成元年(1989年)に続いて“元年連覇”を達成した。何の因果か、どちらも優勝を決めたのは敵地・横浜。さらに、この2度の優勝には大きな3つの共通点がある。

 第1が今年は原が3度目、89年は藤田が2度目の監督復帰1年目だったこと。第2は同じセ球団との間で大型戦力交換が行われたこと。今年は丸がFAで加入し、人的補償で長野が広島移籍。89年もエース格の西本、中日の捕手・中尾の交換トレードが行われている。

 そして、第3が一世を風靡したスターの引退だ。令和元年に引退を表明した阿部を見て、平成元年の中畑引退を思い出したファンも多いはず。

 ここ数年の阿部と同様に、89年の中畑もケガに泣かされた。1番・三塁で開幕スタメン出場するも、5試合目の阪神戦で一塁への帰塁の際に指を痛めて登録抹消。その間に三塁には岡崎、一塁には駒田が定着し、早々と引退を決断している。

 シーズン終盤は、試合前の練習中、よくベンチの片隅で美空ひばりや吉幾三の演歌を口ずさんでいた。取材しようとすると、「オレの話を聞いてもしょうがないだろう。今年で辞めるんだから」などとはぐらかされた。

 それならばと、あえて政治談議を振ってみた。令和元年も政治の話題が多いが、平成元年もまた宇野首相のスキャンダルに消費税選挙と“政治の季節”真っただ中だった。

「まあ、世直しの機運が高まってるんだろうな。支持政党? 決まってるだろ。日本酒党だ!」

 CSのなかった89年、藤田巨人は日本シリーズで仰木近鉄と対戦し、3連敗から4連勝。日本一を決めた第7戦、中畑は代打で登場し、ソロ本塁打を藤井寺球場のレフトスタンドへ運んだ。近鉄・加藤哲の「巨人はロッテより弱い」発言などで双方のファンが気色ばんでいた中、この時だけは近鉄ファンからも温かい拍手が送られた。今は亡き仁美夫人も、客席で現役最後の一発を見守っている。試合後には、巨人ナインが中畑を胴上げ。記念の日本一のウイニングボールも、中畑の手に回ってきたという。

 その後、「オレなんかがこんなに幸せな終わり方をしていいのかな」と神妙に話していたものだ。阿部もCS、日本シリーズで中畑さん(最後だけは“さん付け”します)のような最後の思い出をファンに残してほしい。 

 ☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。毎週金曜朝8時、TBSラジオ「森本毅郎スタンバイ!」出演中。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」(講談社)などノンフィクション増補改訂版が電子書籍で発売中。「失われた甲子園 記憶をなくしたエースと1989年の球児たち」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。ほかに「すごい!広島カープ」(PHP文庫)など。最新刊は構成を務めた達川光男氏の著書「広島力」(講談社)。日本文藝家協会会員。