阪神・メッセンジャー引退 おしゃべり好きでちょっとヒネくれていて正直者

2019年09月30日 16時30分

胴上げされるメッセンジャー

【取材のウラ側 現場ノート】「Traitor!」

 神宮外苑の室内練習場でヤクルトの選手を待っていると、後ろから大きな声が聞こえた。「裏切り者」とは穏やかな言葉じゃないなと思いながら振り向くと、案の定、メッセンジャーがニヤリとしていた。

 2016年の春先だった。この年から東京に転勤し、阪神の担当記者からヤクルトを含む数球団を担当する遊軍記者になった。その16年に神宮球場で行われる初めての阪神戦。久しぶりに会ったメッセは変わらずメッセだった。

 おしゃべり好きでちょっとヒネくれていて、良くも悪くも正直者。それが私にとってのメッセンジャーだ。阪神担当だった5年間、メッセとはいろんな話をした。野球だけでなく、家族、趣味などなど。時々、私の英語の言い間違いも指摘された。

 よく話すようになったきっかけは米国ドラマ。何かの時に「CSI:科学捜査班」にはまっていると言うと「俺もそのシリーズは見たよ」と話が盛り上がった。オフで米国に帰国するたびに大量のDVDを買い込み来日するメッセは「このドラマが良かった」とオススメを教えてくれることもあった。

「主役の女優の演技がすごくいいから」と言われて見た「クローザー」はドハマリして「最初は何このヒステリックな女って思ったけど、回を追うごとにジワジワくる」と感想を告げるとメッセには「だろ? いいだろ?」とドヤ顔で言われたりもした。

 野球に関しては自分にも人にも厳しかった。人一倍、練習をしているという自負があるからこそ「練習しないからダメ」と聞かされた選手も少なからずいた。最近では話をするたびに「外国人投手の記録はすべて抜きたい。今ある記録もそうだけど、未来にわたって誰も抜くことができないような記録を作りたい」と話していたメッセ。目標としていたジーン・バッキー氏の球団記録の100勝を抜くことはかなわなかったけど、阪神のレジェンドとして引退した。

 いつか阪神のコーチとして戻ってきてほしいなと勝手に思っている。お疲れさまでした。

 (11~15年阪神担当・杉浦弥生)