かつての主砲が広島駐米スカウトに 地元になじむ“エルドレッド2世”発掘を期待

2019年09月11日 11時00分

エルドレッドの自転車通勤は広島名物でもあった

【赤ペン・赤坂英一】かつてのカープの4番・エルドレッドが、広島の駐米スカウトになる。となれば、期待したいのは“エルドレッド2世”の獲得だ。あの長打力と勝負強さに加えて、広島の街にもなじみ、ムードメーカーになれる助っ人を連れてきてほしい。

 エルドレッドは2012年のシーズン中に来日したが、その年は打率2割6分2厘、11本塁打、35打点。期待されたほどの成績を残せず、危機感を抱いて当時の野村謙二郎監督に教えを請うている。

「ヒットを打とうと焦るあまり、体が前に突っ込み過ぎている。もっとフォームにタメをつくれ(ステイバック)!」

 そんな野村監督の教えが14年に実を結び、37本かっ飛ばして本塁打王のタイトルを獲得。それでも打率が2割6分と振るわず、169個で三振王だったため、一時は解雇されそうになった。

 すると、この年のCS直後に留任が決まった野村監督が、「エルドレッドを残してください」と球団に直訴。こうして残留が決まったと人づてに聞かされると、エルドレッドは感激して人目をはばからず号泣したという。

 196センチ、126キロの巨体ながら、愛車はママチャリ。これで自宅マンションと球場を往復する姿は地元ファンにはすっかりおなじみとなった。妻と娘3人を広島に呼び寄せ、長女をアメリカンスクールではなく日本の小学校に通わせていたのも、地元では有名な話。

 元広島捕手・達川光男さんは「エルドレッドの娘さんは英語より広島弁のほうがうまいんじゃ」と言っていた。その真偽のほどはともかく、エルドレッドも家族も大いに広島の生活をエンジョイしていたのは確かだ。

 カープが16年に25年ぶりに優勝する前から、エルドレッドは「カープは強くなっている。優勝できるだけの力がある」と発言。そんな頼もしいセリフがまた若い選手を勢いづかせていた。

 緒方監督が就任した15年はグスマン、シアーホルツら、エルドレッド以上のメジャー成績を誇る大リーガーが加入した。が、どちらも結果を残せず、チームの中心的存在にもなり得なかった。広島で成功するには力や技術だけでなく、自ら日本野球を勉強し、地元の街になじもうとする姿勢が必要なのだ。

 そんなエルドレッドの後継者を連れてきてほしい。彼ならきっと、自分の“2世”を見つけられるはずだから。

 ☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。毎週金曜朝8時、TBSラジオ「森本毅郎スタンバイ!」出演中。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」(講談社)などノンフィクション増補改訂版が電子書籍で発売中。「失われた甲子園 記憶をなくしたエースと1989年の球児たち」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。ほかに「すごい!広島カープ」(PHP文庫)など。最新刊は構成を務めた達川光男氏の著書「広島力」(講談社)。日本文藝家協会会員。