“巨人の野茂”高井俊 育成ラストイヤーにかける思い激白

2019年07月24日 11時00分

高井のピッチングフォームは野茂さんそっくりだ

 今年の新規選手契約可能期間が31日に迫っている。外国人選手の獲得やトレードと同様、同年中に支配下昇格を目指す育成選手にとってもこの日が区切りの日となる。とりわけ育成3年目の選手はオフに自動的に自由契約となるため、大きな節目となるのだが、巨人育成3年目、高井俊投手(23)もその一人。入団当初、野茂英雄氏をほうふつとさせる投球フォームと異色の経歴で話題を集めた右腕は今、どんな日々を送っているのか。トルネード誕生から復活までの秘話、ラストイヤーにかける思いを明かした。

「勝負の年、最後の1年という思いは当然ある。自分のなかでは(今季中の支配下登録期限である)7月31日までだと思ってる。それでダメだったらクビでもいい。楽しみでもあるんです。呼ばれて会見をするのが。支配下になりたいではなく、なる。自分ではそう思ってます」

 2016年の育成ドラフトで1位指名。ダイナミックな投球フォームと調理師専門学校出身という異色の経歴で注目を集めた高井には、これまで何度も野球をあきらめた過去がある。

「アマで審判をしている父と、物心ついたころにはキャッチボールをしていた。中学まで市内では球の速いほうでしたが、最後の夏は県大会で1回戦負け。野球は好きでしたが、他にも楽しいことはたくさんある。夏の間は遊んで、高校ではバンドをやってみたいなとか、進路も決めずにフラフラしてました」

 そんな高井に野球を続けさせたのが父の言葉。ある日の夜「県外でやってみるのはどうだ」と切り出された。

「ビックリしましたよ。割と田舎で生まれ育って、県外の高校なんて考えたこともなかった。好奇心と自由な環境にあこがれて受験しましたが、入学してからは帰りたくて週に何度も電話してました」

 地元新潟を離れて進んだ名門・東北高校では、実力差を痛感。全国経験のある同級生たちの輪に入れず、授業もまともに受けない日々。それでも、そんな高井に目をかけたのが武内充総監督だった。

「総監督には本当によくしてもらった。1年たつころには周りの成長を感じなくなり、自分が追いつき追い越す手応えがありました。でも、結局甲子園には行けなくて。高卒でプロに行けないなら、あとは軟式で遊びでできたらいいなと地元に戻ったんです」

 中学、高校と2度の挫折を経験。地元に帰り調理師の専門学校に通うも「あくまで趣味。包丁を持つ仕事をやりたかったわけではない」と自分探しの時間を過ごしつつ、クラブチームや草野球など、3チームを掛け持ちで軟式野球を続けた。そんななか、転機が訪れる。

「助っ人で大会に出てほしいと言われて北陸ガスとの試合で投げたんです。軟式はこんなもんだろと思ってたら全然アウトが取れず7失点。久しぶりに燃えて、もう一度本気で野球をやってみたいなと」

 トライアウトを経て独立リーグの新潟BCに入団。23歳までのプロ入りを期限に、背番号23を背負った。球威不足を補うため、試行錯誤の末に出会ったのがトルネード投法だった。

「高校時代、武内総監督に言われて一度だけ試したことがあった。野茂さんの現役時代はリアルタイムでは見てないので、あのとき言われなければ思いつくこともなかった。(現中日コーチで新潟BCの)赤堀監督も近鉄で野茂さんと同僚だったので、すんなり受け入れてくれて。そういう意味では本当に周りの人に恵まれました」

 不思議な縁はその後も続く。育成ドラフトを経て入団した巨人では、これまた野茂氏と同僚だった阿波野コーチ(現中日コーチ)が三軍コーチに。「巨人はオーソドックスな速球派が好まれるチーム。阿波野コーチじゃなかったらトルネードをやめることになっていたかもしれない」。運命に導かれるように、代名詞のフォームを磨いていった。

 3度目の挫折が襲ったのはプロ入り2年目のキャンプ。紅白戦でヒジを故障しリハビリは1年2か月にも及んだ。故障が完治した今春、杉内コーチに直訴し、投球を再開するため一度は断念したトルネード投法を解禁。復帰戦となったソフトバンクとのファーム交流戦(5月29日)では3イニングを1安打無失点5奪三振と復活をアピールした。

「あのときあの出会いがなかったら今自分はここにはいない、そんな偶然が本当にたくさんある。これまでお世話になった人たちに、少しでも恩返しがしたい」

 復活のトルネード右腕は支配下を勝ち取ることができるか。期限はあとわずかだ。

【育成契約】育成選手の契約期間は3年。その球団から翌年度に支配下選手として契約を締結されない場合は、その年の11月30日に自動的に自由契約選手となり、他の球団との契約が可能になる。その球団とあらためて育成契約を結ぶ場合は1年ごとの更新となる。
 今季巨人では6月10日に加藤脩平外野手を、7月5日に山下航汰外野手を、それぞれ育成から支配下選手として登録している。

☆たかい・すぐる=1995年8月22日生まれ、新潟県見附市出身。東北高校では3年夏に県16強。卒業後は新潟・悠久山栄養調理専門学校に1年通い、調理師免許を取得。2015年から独立リーグのBC新潟を経て、16年に育成ドラフト1位で巨人入団。180センチ、83キロ。右投げ右打ち。背番号011。独身。

【関連記事】