元西武G.G.佐藤さん 会社員生活1年目の苦悩そして新生

2019年07月06日 11時00分

現在は測量、不動産関連の会社で奮闘している佐藤さん

【異業種で輝く元プロ野球選手】「野球を長くやれたのは父親のおかげ。その支えがあったからこそ日本やアメリカで野球ができたので、今度は自分が父の築いた会社を守りたい。その思いが働くモチベーションになっています」

 千葉県市川市にある敷地調査、地盤補強を行う「株式会社トラバース」本社でこう話すのが西武、ロッテで活躍したG・G・佐藤さん(40)。現在、タレント業を兼務しながら同社千葉営業所所長として奮闘している。

 2003年に西武に入団。プロ入り後は持ち前のパワーで頭角を現し、08年には野球日本代表に選出され北京五輪にも出場した。だが「メダル確実」と言われた同大会で度重なる失策を犯したのを機に徐々に低迷。11年オフに戦力外通告を受けた後はイタリアリーグ、ロッテと渡り歩き、15年から父・克彦氏(75)が経営する現会社で新たな人生をスタートさせた。

 年商190億円以上という優良企業への就職。一見すれば順風満帆のようだが道のりは平坦ではなかった。入社前まで社会人経験が皆無だったこともあり「営業を始めた当初は相手との接し方がまったくわからなかった。自社が行う測量調査や地盤改良の知識もほぼゼロ。元プロ野球選手という肩書を前面に出す営業しかできなかった」と佐藤さん。必然的に職人や業界関係者からは軽視され「知識がないなら営業に来るなよ」と何度も罵声を浴びせられたという。

「周囲は地盤、測量という一般人には不慣れな分野の専門家ばかり。細かい話になると相手にされなくなるわけです。それに社会人としてのマナーもない。情けないという気持ちで、会社員1年目は正直、社会で通用しないんじゃないかと悩みました」

 球界での実績や肩書は通用しない。一方、父親に頭を下げて飛び込んだ新天地から逃げ出すわけにもいかない。この状況を打破するには何をすべきか。

「相手にバカにされないためには、自分自身が専門的な知識をつけるしかない。それなら勉強するしかない、と」

 佐藤さんは興味がなかった測量や地盤調査の書物を何冊も購入。1日2時間以上を勉学に費やすと同時に、仕事に役立つ国家資格の取得に挑んだ。苦手だった営業も先輩社員との同行でセールストークを録音。通勤時間を利用して何度も聞き返すなどして改善を試みた。

「この時期はつらかったですが、なぜか充実感もありました。勉強はやればやるほど、知識が蓄積していきますし、営業や専門用語を勉強していくうちに自信もついてきましたから」

 努力は実を結ぶ。16年に測量士補、17年に2級土木施行管理技士資格を取得。自社が不動産事業部を立ち上げた18年には合格率15%といわれる難関国家資格・宅地建物取引士試験にも一発合格した。19年からはその知識と資格を生かすべく、プロ野球選手への不動産仲介、自社の外国人従業員を含めた賃貸仲介業務も始めている。

「今後は自分の経験を生かしながら野球選手のセカンドキャリア支援や、自社の地盤改良などを通じて選手が安心して住める不動産を提案していきたい。野球選手は現役中、車や高級腕時計などにお金を費やす傾向が強い。そのお金を現役中から不動産などで資産形成した方がいいという考え方もあると思うので。元プロ野球選手としていろいろな形で力になれればいいですね」

 意欲的な行動力で未来を切り開いていく。

 ☆じーじーさとう(本名・佐藤隆彦=さとう・たかひこ)1978年千葉県生まれ。桐蔭学園高から法政大学を経て、米フィリーズ1Aに入団。02年のテストを経て03年ドラフト7巡目で西武入団。08年に北京五輪野球日本代表に選出。11年に西武から戦力外通告。12年に伊ボローニャ入団後、13年にロッテ入団。14年に現役引退後、実父が経営する株式会社トラバース(敷地調査、地盤補強)に就職。特販営業部を経て18年から千葉営業所所長に就任。現在は不動産事業部、再生エネルギー事業部の責任者も兼務する。日本でのプロ通算成績は587試合で打率2割7分6厘、88本塁打、270打点。右投げ右打ち。家族は妻と1男1女。