平成後半のカープ「暗黒時代」経験者・東出打撃コーチの不安

2019年05月29日 11時00分

現役時代の東出(左)と前田智(2009年)

【赤坂英一 赤ペン!!】令和元年の今年、スポーツ紙をめくると、よく「王者広島」という言葉を目にする。「お荷物球団」だった昭和前半、「暗黒時代」の平成後半のカープを知る私には、違和感を禁じ得ない表現だ。

 しかし、現在の選手の大半はそんな時代を知らない。だから「最近の選手とは結構意識の差を感じることもある」と、東出打撃コーチは言う。
「今のカープは一軍だけじゃなくて、二軍の由宇にも大勢のファンが来るでしょ。カープに入っただけでチヤホヤされるんだよね。そんな居心地のいい環境にいると、プロの世界の厳しさに気づくのが遅れる、という弊害もあるんじゃないかな」

 10年目で一軍と二軍を往復している堂林、2年目で体もできていない中村奨など「明るくて真面目なのはいいけど、プロとしての意識や姿勢はまだまだ」と東出コーチは指摘する。それは一軍の1番野間、5番西川にも言えることだ。

「野間の打席を見ていると、じっくりカウントをつくってほしいところであっさり初球を打ち上げたり。西川にしても打つべき球を見逃したり、逆に打っちゃいけない球に手を出したりね。いまでもある程度の数字は残してるけど、ここからもう一皮むけるには、意識や考え方を変えないと」

 最近は5番に定着した西川だが「試合終盤で4番誠也が塁に出たら、西川にはバントのサインも出る」と東出コーチは言う。首脳陣の信頼度は、まだそのレベルなのだ。

「西川や野間を見ていると、本当にもったいないと思う。現役時代のおれに彼らの足、体、能力があったら、3割30本は楽に打ってたでしょう。それだけの素質を持っている選手だけにねえ」

 そう言う東出コーチは1998年秋のドラフト1位で入団。当時老朽化が著しく、閑古鳥の鳴く旧広島市民球場でプレーし続けた。一軍での実働14年間で、優勝はおろかAクラスさえ一度もない「暗黒時代」の選手だ。当然「チヤホヤされた」経験などまったくない。

「でも、先輩たちのレベルは高かった。とんでもなく厳しいところに入っちゃったと思ったもん。特に前田(智徳)さんからは打撃の何たるかを教わった。狙い球の待ち方や考え方、試合に出られないときの過ごし方と、あらゆることを」

 そんな昔の遺産をどれだけ今の選手に伝えられるか。それが4連覇達成のカギのひとつになる。

 ☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。毎週金曜朝8時、TBSラジオ「森本毅郎スタンバイ!」出演中。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」(講談社)などノンフィクション増補改訂版が電子書籍で発売中。「失われた甲子園 記憶をなくしたエースと1989年の球児たち」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。ほかに「すごい!広島カープ」(PHP文庫)など。最新刊は構成を務めた達川光男氏の著書「広島力」(講談社)。日本文藝家協会会員。