元阪急・夏目隆司さん いちご農家転身から30年以上経っても消えなかった野球愛

2019年05月09日 11時00分

いちごのパック詰めに大忙しの夏目さん

【異業種で輝く元プロ野球選手】みかん産地として有名な静岡県西部の三ヶ日町。町内に一歩入ると至る所に直売店が立ち並ぶが、地元では昭和初期から静岡いちごの名産地としても知られる。そのいちご農家の一つを30年以上守り続けているのが元阪急の投手・夏目隆司さん(63)だ。

「現役時代は故障がちだったので二軍暮らしがほとんど。でも、キャンプやオープン戦は一軍に帯同したのでオープン戦では阪神の掛布さんや田淵さんらと対戦しました。掛布さんには特大のホームランを打たれたので、悔しい思い出しかないんですけどね」

 静岡県立農業短大から地元の機械部品メーカーを経て、1976年ドラフト外で阪急入団。プロ入りはスポーツ紙で告知されたテストがきっかけだった。

「野球が好きで社会人まで続けたのですが、入った会社が1年で傾いてしまってね。仕方なく稼業のいちご農園を手伝っていた時に偶然スポーツ紙で巨人と阪急のテストの告知を見つけたので受験した。巨人は最終で落とされましたが、阪急は高く評価してくれて一発合格。球速は140キロ以上は出ていたのかな。おかげで、その場で仮契約させられて。本当に驚きましたよ」

 だが、社会人まで自己流練習が中心だった夏目さん。プロ入り後は投げ込みや体力不足が重なり1年目から右肩を故障。その後もヒジ、内転筋などを痛め、わずか5年で現役を引退。82年から稼業のいちご農園を継ぐことを決断した。

 当時受け継いだ農園は20アール(2000平方メートル)。そこから少しずつ規模を拡大し、現在は32アールの広大な土地に9屋根のビニールハウスを構える。いちご栽培は4月ごろから小苗作りが始まり、9月に苗を各ハウスへ定植。11月から翌4月にかけて収穫の最盛期を迎える。現在、ハウスで生産される品種は全国的にも有名な「紅ほっぺ」と静岡発の新品種で独特の輝きと甘みのある「きらぴ香」。出荷量は天候に左右されるものの、11月から4月ごろまでは1日平均で500~600パックほど。この期間、毎日午前7時から午後11時ごろまで一人黙々と膨大な量のいちごのパック詰めに追われる。

「収穫時期は休みも全くないので本当に大変です。でも、これが野球を辞め長年続けてきた仕事。一人でも多くの人にウチのいちごを食べてもらいたい。三ヶ日はみかんというイメージが強いけれど、いちごも昔からおいしいので」

 丹精込めて生産されるいちごは濃厚な甘みとみずみずしさに加え特大なのが特徴。ショートケーキなどに乗る通常サイズのいちごに比べ2倍以上の超特大サイズも揃う。3年前にはそんな逸品にほれ込んだ地元老舗和菓子店「入河屋」が夏目さんの作るいちごをベースにした特大苺大福を開発し販売。今では三ヶ日や浜松の新たな名産品として広く知れ渡っている。

 球界を去り、失意のまま地元に戻った直後から「長い間野球を一切見なかったし、息子たちにもプロ野球選手だったことを言わなかった」と言う夏目さん。野球界からいちご生産者への転身は喪失感が想像以上だった。それでも、4年前には限られた時間を使い学生野球の指導者になるためのアマチュア資格を取得した。

「60歳を超えた今になって本格的な指導者はない。まずは今の仕事(いちご栽培)をできる限りやって指導は『機会があれば』という感じ。やっぱり野球は…好きだからね」

 いちごに人生をささげた元右腕の野球愛は今も消えうせない。

 ☆なつめ・たかし 1956年静岡県生まれ。三ヶ日高、県立農業短大から矢崎部品を経て76年ドラフト外で阪急(現オリックス)入団。81年に戦力外通告を受け現役引退。翌年からいちご農園の経営に携わる。一軍公式戦登板なし。身長177センチ、右投げ右打ち。家族は夫人と2男2女。