巨人 「平成元年ブレーク男」の「令和元年」の現在

2019年05月08日 11時00分

主砲の松井(左)と並ぶ井上(1996年)

【赤ペン!!赤坂英一】先週1日の「令和初戦」で巨人・坂本勇が「令和初本塁打」を放ち、原監督が選手時代に「平成初本塁打」を打っていたことが改めてクローズアップされた。が、この年の原は打率2割6分1厘、25本塁打、74打点と、実は主砲としては物足りない数字に終わっている。

 原監督が坂本勇を評して「私よりはるかに素晴らしい選手」とたたえたのは、平成元年の自分を上回る成績を残してほしいからこそだろう。振り返れば平成元年もまた、若手がそんな原の不振を補って余りある平成初の活躍を見せたシーズンだった。

 この年からアイドルとなった井上真二(現巨人三軍監督)を覚えているファンはまだ多いはず。ブレークしたきっかけは5月3日の阪神戦、代打で放ったプロ初本塁打。5年目で23歳、この年無安打だった右打者の井上を、藤田監督が右投手にぶつけたらまさかのプロ初アーチが飛び出した。

 その井上に熊本工の後輩だった緒方耕一(現日本ハム守備チーフ兼内野守備走塁コーチ)が続く。5月13日の阪神戦でデビューするも2連続失策、2打席連続凡退で交代。が、その3日後、藤田監督が中日戦でスタメンに起用すると、今度は3安打して一軍定着を果たした。プロ初本塁打がランニングホームランというのも、確か平成初の記録ではなかったか。

 当時、「熊工コンビ」はいつも追っかけギャルに囲まれていたものだ。ともに50代に突入している令和元年、指導者として活動中だが、井上三軍監督は白髪染めを愛用。緒方コーチは平成最終年で染めるのをやめ、真っ白となっている。

 その緒方コーチとともに日本ハムで投手チーフコーチを務めているのが木田優夫だ。元巨人投手の彼がプロ初勝利を挙げたのも平成元年で、4月29日の中日戦だった。しかもケガをした桑田の代役でプロ初先発し、9回125球を投げての完投勝利だったのだから立派なもの。彼もいまではめっきり頭に白いものが増え、選手時代とは見違えるほど太っている。

 ところで、彼らを取材していた平成年間、私は巨人広報部に通算で約5年間の“出禁”を食っていた。当時の印象がよっぽど強いのか、いまでも木田コーチは球場で私を見かけるたびに、「出禁じゃないの、出禁じゃ」とイジりにくる。元号も平成から令和に変わったんだから、いい加減で仲よくしてほしいなあ。