高校野球監督の2つの任務

2019年02月11日 11時00分

【ネット裏・越智正典】「東東京」岩倉高の監督豊田浩之は、級担任になると「級を持たせてもらえるなんて有難い。が、大変だ」と、このときコーチであったが上野駅前の学校のすぐそばに引っ越した。長男彬太郎くんが生まれた。彬太郎くんはことしもう小学校2年生になるが、彼は毎朝上野公園を散歩。小径のなかの子狸と仲よくなった。

 いまはグラウンドと合宿所がある西東京市に引っ越しているが、捕手の球児時代の恩師、監督磯口洋成から、いまでもなんでも学ぼうとしている。暮れの31日「磯口先生は昨日ご自宅に戻られました。今日は朝はやく起きて、ご近所に迷惑をかけてはいけないと、庭の手入れをされている筈です」

 磯口は岩倉を定年退職になると母校、北九州小倉の常磐高の監督に呼ばれた。単身赴任。磯口はみやげにグラウンドならしのトンボを作った。豊田も作り、20本余を宅配便で北九州へ送った。まるで「そだねー」といっているように作業をした。

 高校野球の監督の任務は、生活指導と進路相談であろう。この二つに一生懸命でまだ春も夏も甲子園へ行っていない監督は少なくない。立派だ。

 ところが、ときどきまるで甲子園出場請負い業のような監督が現れる。先年、某高OBから「巨人にこういう名前の選手がいましたか。学校の偉い人がうちの監督にしようとしているんです。いまの、ぼくらの監督が心配です」と電話があった。聞いたことがない。念のために調べてみますよ…といって名簿を見たが在籍していない。昔でいう「練習生」にもいない。そう返事をすると、翌日電話があった。

「わかりました。近鉄の出入りの業者でした。元プロと聞いて甲子園へ行けると偉い人が乗っちゃったんです」。笑えぬマンガのような話である。

 豊田はいう。「生活指導は授業から始まります。宿題を出しても生徒はさまざまです。そこから彼らの心を汲み取ります。ことしですか。4日まで休みを頂きました。練習は5日からです」

 長野県塩尻の信州工業、校名変更で武蔵工大二高の監督を務めた大輪弘之(長野朝日放送解説)は、広島カープの菊池涼介を世に送り出しているが、彼とは信州工業監督時代から電車のなかや駅でよくばったり会った。

 事情がある選手がいる。彼は時間を作っては大学の監督を訪ねていた。菊池の場合は岐阜県中津川の中京学院大に近藤正監督を訪ねていた。入学入部出来た菊池がアルバイトを探し、夜、牛丼店へ。つとめを終えて帰るとき、店の先輩が牛丼を持たせてくれた…と聞いて喜んだ。「可愛がってもらっているんだ」

 菊池は2012年広島入団。上位打線に起用されて本塁打を打つと「ホームランを打っちゃって…大丈夫かな。1、2番は塁に出るのが任務なのに…。これから使って貰えるかな」。 =敬称略=(スポーツジャーナリスト)