【赤ペン!! 赤坂英一】今年、巨人キャンプを取材する上で便利になったのは、サンマリンスタジアムのすぐ近くにブルペンが新設されたことである。これには18年ぶりにユニホームを着た水野投手コーチも同意見だ。

「あんなに遠く(木の花ドームの隣)のブルペンだと、いつも車で行かなきゃならなかった。ここは歩いてすぐだもんね」

 それだけ近くになったからか、ブルペンは一日中フル稼働している。私が訪ねた2日は午前中に山口俊と野上、午後から吉川光、田口らが別々に投球練習していた。

 吉川光の練習の最中、起用法はどうなるのか、水野コーチに尋ねた。

「吉川光はリリーフだよ。本人には早い段階で伝えてある。先発かリリーフかで、調整法が自主トレの時期から変わってくるから。それはコーチが前もって言わないと」

 しかし、だから一軍でのポジションが約束されているわけではない。

「はっきり言って、投手陣で決まっているのは、先発の菅野ひとりだけ。シーズンに入ったら何が起こるか分からないし」

 例えば、リリーフ登板はイニングごとに区切るのではなく、状況によっては回またぎもあり得るという。水野コーチ自身も現役時代、回またぎのリリーフで我慢の投球を続け、チームに勝利を呼び込んだこともある。

 私がよく覚えているのは1990年のヤクルトとの開幕戦、8回に篠塚のファウルが同点本塁打と誤審された、いわゆる“疑惑のホームラン”が飛び出した一戦だ。延長14回に巨人がサヨナラ勝ちしたこの試合で、2番手で8~13回まで6イニングを投げ抜いたのが水野である。それだけ苦労したのに、勝ち星は3番手の広田についた。後に水野は苦笑しながら、こう言っていた。

「あの試合、篠塚さんの“疑惑のホームラン”は何度も振り返られているのに、おれの投球は誰も振り返ってくれないんだよね。でも、そんな状況でも投げるのがリリーフなんだぞと、藤田さん(元司=当時巨人監督)に教えられたような気がする」

 ちなみに、90年の水野は2勝2敗11セーブ、防御率1・97で自身唯一の1点台を記録。巨人の独走優勝に貢献した。今回のコーチ復帰は過去3度に及ぶ就任要請を固辞した後に、満を持して受諾したはず(私の記憶によれば、だが)。そんな水野コーチが“第2の水野”を育てられるのか、注目したい。