甲子園未出場でもプロ輩出するマル秘指導法

2019年01月18日 11時00分

独自の理論でプロ野球選手を量産している沢辺氏

【気になるあの人を追跡調査!野球探偵の備忘録(79)】野球部創立23年、甲子園未出場ながら、これまで多くのプロ野球選手を輩出している学校がある。卓越したノウハウで阪神・大山悠輔ら過去7人のプロ野球選手を送り出したつくば秀英・沢辺卓己元監督が、プロ野球選手を量産する独自の理論と今後の大いなる目標を語った。

「プロに行くためのノウハウは持っているつもり。僕の理論をちゃんと受け入れて実践すれば、大抵の子は伸びます。まあ、実際のところ半分くらいは感覚がつかめない子もいるんですけどね」

 掲げるのは体本来の使い方を意識した投手育成。体幹内操法、理学療法、医学、古武術など、野球とは直接関係のない分野の集積から生まれた独自の理論で、数多くの好投手をプロに送り出してきた。自身が定義づけた「うねり」「はがし」「受け」と呼ばれる3つの動作が理論の大原則だが、選手個々の能力にあわせたオーダーメードの練習法が大事だという。

「そもそもの始まりは(現ヤクルトの)山田大樹を預かったこと。絶対にプロにするという約束でいい選手を預かったので、どうやって伸ばそうかといろいろ考えた。プロ入り後には先輩方の下半身の動きを教えてくれて、それで理論の裏づけが取れた。理論の土台が完成したのは(現オリックス)塚原のとき。中学時代は空手のチャンピオンで、正拳突きと投球のときのの肩甲骨の意識が近く、のみ込みが早かった。(現西武)中塚なんかは完成度0のロマン100。とにかくエンジンと体力はあったので、根気強く付き合いました。大山は球は速かったが野手投げで、チーム状況もあってショートでしたが、野手では初めてのプロ入り。それぞれに最低限の幹をつくってあげて、枝葉は自由に生やしてあげることも大事なんです」

 毎年オフには巣立った選手がグラウンドを訪れ、プロの現場での発見をその都度ブラッシュアップ。塚原からは16年の広島・長井良太までほぼ隔年でプロが出たこともあり、選手にとっても大きな刺激になっている。グラウンドが小さく、恵まれているとはいえなかった練習環境も、6月に新グラウンドが竣工。長らくの懸念材料もなくなり、いよいよ甲子園出場も見えてきた。

 現在は指導の現場を離れた沢辺だが、今後の目標についてはこう語る。

「選手ではなく、指導者を相手に講演会を重ねて、自分の考えを広めたい。他校や大学の指導者に頼まれて、徐々に伝える機会も増えてきました。これからは選手だけでなく、指導者も発展していかないとダメだと思うんです。指導者から野球界を変えたい、といったら大げさですかね(笑い)」

 甲子園未出場ながら、プロを多数輩出するつくば秀英の指導理論。その理論が広く浸透したとき、無名校出身の選手がプロ野球界を席巻する未来が来るかもしれない。
 
 さわべ・たくみ 1974年8月11日生まれ、茨城県土浦市出身。小学校4年のとき軟式野球チーム小松ヶ丘ジュニアーズで野球を始める。土浦第四中では軟式野球部に所属。霞ヶ浦卒業後は城西国際大でプレーし、97年につくば秀英に赴任。99年の創部からコーチを務め、2008年に監督に就任。10年の退任後は千葉経済大などで指導を続ける。現在はつくば秀英で生徒指導顧問を務める。指導に携わった主な選手に現阪神・大山悠輔、現ヤクルト・山田大樹らがいる。172センチ、73キロ。左投げ左打ち。