“ミスター・ドラゴンズ”立浪和義氏ら殿堂入り「全てが感謝でいっぱい」

2019年01月15日 18時31分

殿堂入りを果たし、PL学園の恩師・中村順司氏(右)と握手する立浪氏

 2019年の野球殿堂入りが15日、東京・文京区の野球殿堂博物館で発表され、競技者表彰ではプレーヤー表彰として元中日・立浪和義氏(49)、エキスパート表彰として元横浜(現DeNA)監督の権藤博氏(80)が選ばれた。特別表彰では元日本高等学校野球連盟会長で、プロ・アマの雪解けに尽力した脇村春夫氏(87)が選ばれた。

“ミスター・ドラゴンズ”の立浪氏は候補者となって5年目で殿堂入り。この日、同博物館で行われた通知式では感無量の表情で「たくさんの方に支えていただき、中日という一つの球団で22年間やらせていただきましたし、たくさんのファンの方々に応援していただいたこと全てが感謝でいっぱい」とスピーチした。

 PL学園高からドラフト1位で中日に入団し、1年目の1988年に「2番・遊撃」で開幕スタメン。チームのリーグ優勝に貢献し、新人王、ゴールデン・グラブ賞に輝いた。2003年にはセ・リーグ史上最年少の33歳10か月で2000安打を達成。487二塁打のプロ野球記録も保持し、2度のベストナイン選出に加え、遊撃に加え二塁、三塁の3ポジションでゴールデン・グラブ賞に計5度輝くなど、22年の現役生活で輝かしい記録を数多く残した。

 初の候補者となってから11度目でエキスパート表彰での殿堂入りとなった権藤氏は「殿堂入りなんて、次点が続いたんで、そのうち入るだろうと思ってましたけど…。実際入って歴代のメンバーを見ると、すごいところに入ったもんだなと自分なりにびっくりしています」と白い歯をのぞかせた。

 中日で同じ背番号20を背負った先輩の杉下茂氏(93)から「背番号20番を中日の看板投手にしたのは君だ。その後、指導者としても今の時代に確立している投手分業制をつくった。権藤君は先見の明があった」と祝辞を贈られた。

 中日で61年からプロ生活をスタートさせた権藤氏は、新人から2年連続で30勝以上を挙げるなど当時は連投に次ぐ連投で「権藤、権藤、雨、権藤」の流行語が定着。引退後は中日、近鉄などで投手コーチを務め、横浜で指揮官となった就任1年目の98年にチームを38年ぶりの日本一に導いた。17年の第4回WBCでは日本代表の投手コーチも務めた。

関連タグ: