元ヤクルト広沢好輝さん 地元・三重で実業家に 夢はMLBパドレス買収

2018年12月04日 11時00分

俳優を経て現在は実業家として奮闘している広沢さん

【異業種で輝く元プロ野球選手】三重県松阪市といえば「松阪牛」。今や世界的にも有名な日本の特産物と言えるが、その松阪市周辺を拠点に実業家として奮闘する元プロ野球選手がいる。現在、リサイクル業を中心に幅広い事業を展開する広沢好輝さん(47)である。
「現時点ではリサイクルに関連して遺品整理会社。その他にコインランドリーやタイ古式マッサージのサロンを経営しています。とはいえ経営者としてはまだひよっこ。勉強することが多くて大変ですよ」

 三重・明野高から1989年のドラフトでヤクルト入り。同チームで6年間プレー後、阪神に移籍した。97年の現役引退後はVシネマなどに出演する俳優に転身。2001年からは阪神時代の親友だった新庄剛志氏とともに渡米し、同氏のサポートを行う傍ら、野球評論家としても活動した。
 
 そんな広沢さんが実業家の道を歩み始めたのは米国から帰国直後の04年だった。地元でリサイクル業を営んでいた父親の勧めもあり、まずはネットカフェ店を松阪市にオープン。事業を軌道に乗せると、翌年からはタイ古式マッサージサロンに加えコインランドリー業にも参入した。父親と二人三脚で事業を拡大した結果、一時年商は10億円に迫る勢いを見せた。
 
 それでも浮き沈みが激しいビジネス界。時代の流れを見極めながらの事業拡大は容易ではない。「例えばネットカフェがいい例です。以前は売り上げが好調でしたが、スマートフォンの台頭後は激減しまして。10月にはいったん店を閉店せざるを得なくなりました。売り上げは利用してくれるお客さんがいてこそですが、このエリア(松阪市周辺)は人口減も深刻。そういう点を踏まえながら、事業は常に5年、10年先を見据えないといけない。難しいですよ」
 
 15年に父親から全事業を継承された。現在の年商はおよそ2億円にまで減少したものの広沢さんに悲愴感はない。
 
 10年前に設立した遺品整理会社「公福舎」などを活用しながら、新たなビジネスの開拓に挑戦している。「最近になってようやく断捨離や生前整理などが注目されていますが、私自身はこの分野の需要ピークは10年後ぐらいに来ると思っています。特にこの周辺(松阪市)のような田舎では都市部の人たちと違い、遺品整理や生前整理をする習慣が根付いていません。実際、遺品整理の問い合わせは1か月で2件程度。リサイクルは1日2~3件の依頼が来ますから、その差は歴然です。でも高齢化社会が進むにつれ、この仕事は必要不可欠になるはず。社会貢献の意味合いも込めて事業を広げていきたい」
 当面の目標は自社の基礎を固めながら、良質な人材の育成を進めること。その上で、「メジャーリーグ球団の買収」という壮大な夢を抱く。

 「やっぱり野球、特にメジャーリーグが好きなので。何とか事業で成功して、70歳ぐらいまでにはパドレスを買収したい(笑い)。そのぐらい大きな目標を持たないとビジネスはうまくいきませんから。本気で頑張りますよ」
 
 足元を見つめながらも野望は尽きない。

 ☆ひろさわ・よしてる 1971年、三重県生まれ。三重・明野高から89年ドラフト6位でヤクルト入団。96年に阪神移籍後、97年に現役引退。98年から俳優、野球評論家活動を始め、2001年に親友の新庄剛志氏のメジャー移籍に伴い渡米。04年に帰国後、松阪市内にネットカフェ「Jiraku」をオープン。15年に㈲広沢企画の2代目社長に就任。現在はリサイクルショップ「リ・トライアングル」、遺品整理・生前整理会社「公福舎」の他、タイ古式マッサージ2店舗(FC1店舗を含む)を運営。プロ通算成績は10試合で打率1割2分5厘。身長177センチ、右投げ左打ち。