大下氏「ひどいことも言ったが歯を食いしばってついてきたのが新井」

2018年09月06日 16時30分

春季キャンプで新井の丸坊主頭をなでる大下氏(2003年)

【大下剛史 熱血球論】5日午前9時半過ぎだった。携帯電話の着信音に気づいてディスプレーを見たら「新井貴浩」の名前が表示されていた。着信ボタンを押し「どうしたんな、こんな早くから。やめるんか?」と問うと、受話器の向こうから「あ、あ、あ…はい」という聞き慣れた新井の声が返ってきた。私からは「そうか、ご苦労だったの」と、ねぎらいの言葉をかけて手短に会話を終えた。

 あらためてテレビで入団当時の映像を見たら、別人のようにホッソリしていて驚いたが、少々のことではバテたりケガをしたりしない体の強さは魅力だった。打っても投げても走っても不格好。当時広島のヘッドコーチだった私は、新井の入団1年目にあたる1999年の春季キャンプで、とても活字にできないようなことも言ったし、やった。それでも歯を食いしばってついてくるのが新井だった。

 誰にも負けない長所はもう一つある。裏表がなく、誰からも好かれる性格の良さだ。先輩ばかりでなく、菊池ら年下の選手にイジられるのも愛されているからこそ。タイトルを取ろうが、通算2000安打の金字塔を打ち立てようが偉そうにすることのない謙虚さも含め、これだけの人物はそういない。いちずな面もしかり。オフに鹿児島の最福寺で行ってきた護摩行は14年も続いた。

 一度は阪神へFA移籍しながら、古巣に戻って有終の美まで飾らせてもらえた球団への恩は、新井も心から感じている。引退表明はしたが、リーグ3連覇、さらには34年ぶり日本一への戦いは続く。球団や熱い応援で支えてくれたファンに恩返しするためにも、最後まで“新井らしさ”をグラウンドで見せ続けてほしい。(本紙専属評論家)