逆境、困難とどう向き合うか伝えていきたい

2017年09月02日 16時30分

現在はヤンキースの一員としてプレーするガルシア(ロイター=USA TODAY Sports)

<元局アナ 青池奈津子「メジャー通信」=ハイメ・ガルシア投手(ヤンキース)>

「何者かになるのに野球しかなかった。幼少期、周囲に受け入れられていない不安がいっぱいで、野球だけが自分を受け入れてもらう方法だと思っていたんだ」

 メキシコからテキサスの高校へ留学し、2005年ドラフトでカージナルスと契約したハイメ・ガルシア。しかし、契約直前に損傷した靱帯の治療を受けられず、痛みに耐えたまま08年にメジャーデビューを果たした超人だ。ヒジ(08年)も肩(13年)も様々な事情があって、けがをしてから手術を受けるまでに数年かかるのだが、その間、どうして痛みに耐えられたのかと聞いた。

「振り返ってみて、それだけの痛みを耐えることができたのが、自分でも不思議なんだよ。ただ、僕は常に自分にとって苦手なところで生きてきた。普段やっている黙想、読書、執筆、どれも最初は嫌いだった。僕は本当に不安症で、4万人もの前で投げるのが苦手で、いつも手に汗をかいていた。野球に対する不安、受け入れられるだろうかという不安、人前で話す不安。メディアに囲まれるのも当然嫌い。でも、気がついたら居心地の悪い苦手なことを克服することが、居心地のいいことになっていたんだ。プロセスに集中すれば、それはつらいけど、結果は必ずよくなるってもう知っているんだ」

 何者かになりたかった。人のために何かできる人に。そのためには野球しかないんだ。そう心に決め「空気を吸う間も僕にはほとんどないんだ」と18歳の時から一心不乱に投げ続けたハイメは今年で31歳。「年をとったのに、どうしてそんな力一杯投げられるんだってよく聞かれるんだけどさ、人生で今が一番、健康なんだもん」。至極真面目な彼が、語りながらどんどん自信の笑顔で満ちあふれていく。

 これからは自分の経験をもっと多くの人に伝えていきたい、とも言う。「スポーツや人生において似たような状況で自分の精神や体が諦めそうになった時、痛みとどう向き合うか、逆境と闘うか、使命のためにどう突き進むか、全てを諦めるまでに自分の中にどれだけの物が残っているか、そのメッセージを伝えたい。僕はまだ現役だし、話も下手だけど、こうして少しずつ話していたら、きっといつの日かうまくなる。これまでのいろんなことが克服できたように」

 なんてまぶしそうに話すのだろう、なんてタフなのだろう、なんて使命感が強いのだろう。ハイメと話し終わった後は、そこら中がキラキラと光って見えた。実は自分の経験を話そうと決めてから、ここまでしっかり話をしたのは私が初めてなのだそうだ…。

 ☆ハイメ・ガルシア 1986年7月8日生まれ。31歳。メキシコ出身。188センチ、98キロ。左投げ左打ち。2005年のドラフト22巡目で指名されたカージナルスに入団。08年7月11日のパイレーツ戦でメジャーデビュー。同年9月にトミー・ジョン手術を受ける。10年に先発枠に定着し、翌11年と2年連続で13勝をマーク。その後は故障に悩まされたが、15年から2年連続で2桁勝利を挙げた。昨オフにトレードでブレーブスへ移籍。今年7月24日にトレードでツインズに移籍するも1試合に投げて1勝しただけで同30日にトレードでヤンキースに移籍した。

関連タグ: