侍ジャパン準決勝敗退の裏にNPB組織の限界

2017年03月23日 16時30分

最後のバッターになった松田(手前、ロイター=USA TODAY Sports)

【緊急連載・侍ジャパン世界一に必要なもの〈上〉】

 

 侍ジャパンの戦いは、2大会連続の準決勝敗退という結果で幕を閉じた。ただ、終戦後の空気は憔悴感が漂った前回大会とは大きく異なる。敗れたとはいえ、大物メジャーリーガーが揃った米国を、あと一歩のところまで追い詰めた。小久保監督は敗戦の悔しさをにじませつつ、表情には死力を尽くした達成感が浮かんだ。

 

 それだけに、世界一奪還の夢がより遠くなったと感じさせられた大会でもあった。米国戦後、小久保監督は「あれだけの選手たちがなかなか芯で捉えることができない。普段からそういうボールに対してプレーをしているわけではない。メジャークラスの動くボールへの対処には難しさを感じました」と語り、力負けだったことを暗に認めた。

 

 では、世界との差はどこで開いたのか。振り返れば、最初のつまずきはチーム編成の段階にあった。侍ジャパンの選手選考を担う日本野球機構(NPB)の組織としての限界が浮き彫りになったのが、投打の軸と計算していた大谷(日本ハム)の出場辞退を巡る騒動だ。

 

 1月31日、日本ハム側から「投手として辞退」の報が飛び込むと、NPBは蜂の巣をつついた騒ぎとなった。関係者は一様に「出場辞退するとは聞いていない。なぜ向こうからそんな大事な情報が先に出るのか」と困惑。日本ハムへの不信感が一気に広がった。

 

 当時、日本ハムのキャンプ地であるアリゾナに滞在していた稲葉打撃コーチに「裏で日ハムとつながっているのでは」とあらぬ疑いの目を向けるNPB関係者もいた。だが、日本ハム側もまったく無断で辞退を発表したわけではない。騒動を招いた裏側では、NPB内部の情報共有が機能していなかったことも一因だったことが、後に判明した。

 

 相次いだ日本人メジャーリーガーの不参加も、NPB側が組織としてMLB側や所属球団との交渉や根回しなど、小久保監督を助ける手を打っていたのか、疑問は残る。指揮官が出場を強く望んでいた田中(ヤンキース)、前田(ドジャース)、上原(カブス)、ダルビッシュ(レンジャーズ)、田沢(マーリンズ)らはおのおのの事情により、参加はかなわなかった。個人的に親交が深いイチロー(マーリンズ)の招集にも失敗。結局、加わったのは青木(アストロズ)1人だった。

 

 大谷の辞退や、メジャーリーガーの招集失敗の誤算は、メンバー選定全体の遅れや混乱につながり、クローザー不在、内外野の選手層の偏りなど、結果的にいびつなチーム編成でのスタートを余儀なくされた。

 

 それでも侍ジャパンが決勝トーナメントへ進出できたのは、チームが結束し、持てる力を出し切った結果といえるだろう。ただ世界一の座を奪い返せるほど、状況は甘くなかった。日本が様々なお家事情で足踏みする間、WBCを巡る各国の事情は様変わりし、ライバルたちは着々と力を付けていたのだ――。