足で稼いで20年 外国人選手こぼれ話 広瀬真徳

 私がイチローや松井秀喜を取材していたころ、メジャーの高年俸選手といえばアレックス・ロドリゲス(通称A・ロッド)が代表格だった。

 2001年1月にマリナーズからレンジャーズに移籍した際の契約は10年総額2億5200万ドル。当時のレートで年俸およそ30億円だった。一報を聞いて度肝を抜かれたことを今も鮮明に覚えている。

 A・ロッドの金銭話で驚がくしたのはその時だけではない。本人との直接対話で「金持ち」を実感させられたこともある。

 04年2月下旬、A・ロッドがヤンキース入り後初となる屋外でのフリー打撃を行った時のことだ。

 A・ロッドはこの年、キャンプ直前にレンジャーズからヤンキースに電撃移籍。キャンプ地のマイナー施設で行われた初フリー打撃には大勢の報道陣とファンが集結した。A・ロッドもあいさつ代わりとばかりに練習開始から快音を連発。そんな最中に事件が起こった。

 A・ロッドが放った打球の一つが100メートル以上ある中堅フェンスを軽々と越え場外へ。「ガシャーン」という鈍い音とともに、球場奥の駐車場に止めてあった車を直撃したのだ。

 練習とはいえヤンキース入り後、初の特大弾。米報道陣は色めき立ち、直後からテレビ各局が打球の着弾点へと走り始めた。遅れながら私も、米報道陣の後を追って現場に向かう。すると、異様な光景が目の前に飛び込んできた。駐車場に止めた私のレンタカーの周りに、数十人の報道陣やテレビカメラが待ち構えていたのである。

 米リポーターが車に近づく記者を見るや否やマイクを向けて叫ぶ。

「この車、おまえのか!」

「イ、イエス。俺が借りているレンタカーだけど…」

 あまりの迫力に小声で答えると、複数のテレビカメラが一斉に回り始めた。

 そう。A・ロッドの記念すべき一発は、記者のレンタカーを見事、直撃していたのだった。

 無残にへこんだボンネットをぼうぜんと見ていると、米報道陣から矢継ぎ早に質問が飛ぶ。

「A・ロッドの初ホームランが直撃した感想は?」「この場所に駐車しても、まさか打球が当たるとは想像しませんでしたよね?」

 米国で初めて取材される立場に回った記者。恥ずかしながらも取材に答えると、この模様がAP通信やESPN(米スポーツ専門チャンネル)に取り上げられ、同日夜から全米のテレビや新聞で報じられてしまったのだった。

 翌日、地元紙やニュースを見た知人の米記者からは苦笑いされた。

「昨日は災難だったな。ところで、A・ロッドと話をしたのか? せっかくだから、本人にその話をしてみれば? 面白い話が聞けるかもしれないし」

 まさかのひと言だった。メジャー屈指のスラッガーが私の車に打球を直撃させた。このネタを利用しない手はない。

「淡い期待」を抱いた記者はすぐさま、ヤンキースのロッカーに向かった――。

 ☆ひろせ・まさのり 1973年愛知県名古屋市生まれ。大学在学中からスポーツ紙通信員として英国でサッカー・プレミアリーグ、格闘技を取材。卒業後、夕刊紙、一般紙記者として2001年から07年まで米国に在住。メジャーリーグを中心に、ゴルフ、格闘技、オリンピックを取材。08年に帰国後は主にプロ野球取材に従事。17年からフリーライターとして活動。