レイズ時代のマドン監督との出会いで人生変わった

2015年06月27日 16時00分

チョートは昨年11月の日米野球でもリリーフとして登板した
元局アナ 青池奈津子「メジャー 通信」

 

【ランディ・チョート投手(カージナルス)】とても几帳面な性格の持ち主だ。カージナルスに在籍するランディ・チョートのことである。移動日の試合前の練習が始まる前から、ロッカーの前でごそごそと遠征の荷造りをしていた彼は「こんなに早くから準備するなんて僕くらいなんだけどね」と笑いながら、その手を止めてこちらの取材に応じてくれた。

 

 対左打者のスペシャリストと言われるランディは今年40歳を迎える。それでも「誰かが『もう投げるな』って言うまで、投げ続けるつもりだよ。50歳まで大リーグで投げ続けるのが目標なんだ」。戦いに対するモチベーションは少しも衰えてはいない。「メジャーデビューの日のことを覚えているか」と聞くと「2009年5月25日のことかい? もちろん」と返ってきた。

 

 でも実際に彼がデビューしたのは2000年のはずだ。「僕には2つのキャリアがあると思っている。00年から08年までと、09年からのキャリア。09年になってレイズでジョー・マドン監督と出会えたことが、全てを変えたんだ。それまでの自分はパーフェクトに投げることやマイナーへ落とされることばかりに気がいっていて、メジャーのレベルに達している自信が全くなかった」。ジョーのおかげで「その日からずっと大リーグにいられているんだ」とも謙虚に語った。だから自分にとってのメジャー昇格は09年なのだと思っているという。

 

 実はレイズでメジャー昇格の吉報を耳にする直前まで、妻と家計のことで電話をしていた。当時は33歳。今年ダメだったらこの不安定な生活はやめようと2人で話していた。そんな彼を「50歳まで野球をしたい」と言うまでに変えた立役者のマドン監督は他と何が違うのか。

 

「半分はいっぱいで半分は空っぽな人なんだ。すでにいろんな知識を持っているけど常に何かを『学ぼう』『取り入れよう』とする柔軟性がある。正直でいつも明るくハッピー。そしてさりげない。ある時、数試合連続して安打、本塁打を打たれたことがあった。また3Aへ落とされるか…。でも、ジョーは呼び出すこともなく、フラッと来てあいさつと同じくらい普通の感じでこう言ったんだ。『また同じような場面が来たとしても、僕が選ぶのは君だからな』って。さりげないひと言だけど自分にとっては半端なく大きかった。『次はアウトが取れる』って信じてくれているんだって。そんなことをしてくれた監督はどこにもいなかった」

 

 今では「緊迫した場面の方が興奮する」と、自信を持った表情で語るランディ。まるで“父”を語る少年のような生き生きとした笑顔が、とても印象的であった。

 

 ☆ランディ・チョート 1975年9月5日生まれ。39歳。米国・テキサス州サンアントニオ出身。左投げ左打ち。身長185センチ、体重95キロ。97年のドラフトで指名されたヤンキースに入団。2000年7月1日にメジャーデビュー。03年のオフにトレードでエクスポズ(現ナショナルズ)入りも、翌04年開幕直前にダイヤモンドバックスに移籍。なかなかメジャーに定着できなかったが、レイズ在籍の09年5月25日に実に2年ぶりとなるメジャー昇格を果たしてからは対左打者のスペシャリストとしてブレーク。マーリンズ、ドジャースと渡り歩き、13年からはカージナルスでプレー。現在もベテランの技巧派左腕として活躍中で、昨年11月の日米野球にはMLB代表として来日した。