【青池奈津子のメジャー通信】おのおのの個性を尊重し、自由にやらせる指導スタイルが有名なエンゼルスのジョー・マドン監督が、一つだけ選手にお願いしていることがあるという。

「90フィート(27・432メートル)の距離に敬意を払い、全力で走ること。その敬意は必ず巡って自分に返ってくるから」

 90フィートはホームから一塁までの距離。「どんなことにもリスペクトを」を信条とするジョーは、2015年に妻のジェイさんと長年、温めてきた慈善組織を立ち上げた際に「リスペクト90」と名づけた。

 ジョーは、サイクリング中にホームレスを見かけたら、自宅から配れるものをかき集め、ピックアップトラックですぐに駆けつけ、支援の手を差し伸べることができる人だ。出身地のペンシルベニア州ヘイゼルトンに00年代から急激に増え始めたラテン系移民とヨーロッパ系の地元民らが分断するのを見て「自分の子供時代は、イタリア人の子もポーランド人の子もアイリッシュの子も、みんな一緒に遊んだんだ。スポーツや学習イベントを通して多文化、多人種の子供たちが触れ合えば、人種の垣根はいずれなくなる」と「ヘイゼルトン統合プロジェクト」を立ち上げ、誰もが利用できるコミュニティーセンターをつくってしまうような人でもある。

 これまでの生活を脅かされるとおびえた白人住民らの猛反対やバッシングにも一切動じず「コミュニティーは人々がつくるもの。ラティーノたちはすでにこの街に住んでいるんだ。彼らが街を活性化してくれる」と信念を貫き通すことができる人だ(全国放送のテレビのインタビューで、反対意見に対し「Help or die(助けるか死ぬか)」と言ってしまうような人でもある。「人はいずれ死ぬから、死んだらいなくなるから自然と問題解決する」という意図で話していたが、物議を醸したのは想像に難しくない)。

 ジョーは記者会見などでも、関わった選手の長所を必ず褒めるような人だが、ヘイゼルトンでのプロジェクトについても「スポーツも学習プログラムもかなり充実していてね、賞も取っているんだよ」とまるで息子を思う父親のように誇らしげに話してくれた。「最近だと、子供たちに共感を与えられるスペイン語を話す先生がいない、先生候補になる人材が少ないっていうんで、ブルームズバーグ大学と教員育成のための奨学金制度を設立したんだよ。いないなら、そういう人材を育てればいい。きっとその中から地元に帰って子供たちに手を差し伸べてくれる先生が現れるから」

 規律を教えるのに適しているとボクシングのプログラムを立ち上げ、少年らをシカゴに招待し、本格的なボクシング大会をシカゴで開催。カブスの選手らとともに40万~50万ドルの寄付金を集めたり、今年8月にはシーズン中ながらエンゼルスのある本拠地アナハイムに近いニューポートビーチや地元ヘイゼルトンの近くでゴルフチャリティーを企画中だ。本を読むことが人生に有意義だと感じれば「Read15」なる1日15分の読書を推奨するイベントを生み出し、MLBの試合球を作るローリングス社の協力のもと、年内に5冊本を読んだ人には大リーグ球と同じ革でできた特製のしおりをプレゼントする企画を実行中だ。

 身近なことでいいから…とジョーは言う。

「僕らが、選手らが、その力を使おうと思えば、大きな影響を与えられる。アルバート(プホルス)の活動を知っているかい? すごいんだよ。アンソニー・リゾも。ほかにもいっぱい。みんなに来てもらえるよう、協力してもらえるような企画を考えるのも決して簡単じゃない。コストだってかかるし。でも、我々が大切に思ってやっていることなんだ。ただお金を寄付するだけでなく、実際に行って、時間を過ごすことも。もっと世の中に伝えてほしい。我々も頑張るから」

 駆け足でたくさん話をしてくれたジョーが最後に「ありがとう」と私に言った。ファンキーすぎる。

 ☆ジョー・マドン 1954年2月8日生まれ。米国・ペンシルベニア州出身。67歳。大学卒業後、エンゼルスのマイナーで捕手としてプレーし、メジャー昇格がないまま現役引退。96年からエンゼルスのベンチコーチを務める。2006年にデビルレイズ(現レイズ)監督に就任。08年にチーム初の地区優勝を果たし、ワールドシリーズ進出。15年から指揮したカブスでは16年に世界一に導いた。17年には史上63人目の監督通算1000勝を達成。20年からエンゼルス監督。昨季までの監督成績は2381試合で1278勝1103敗、勝率5割3分7厘。08年と11年にア・リーグ最優秀監督賞、15年にはナ・リーグで同賞を受賞した。