日本人メジャー投手成功の陰に野茂氏の功績

2014年01月18日 16時00分

トルネード旋風を巻き起こしたドジャース時代の野茂氏(2003年3月)

 野球殿堂博物館は17日、今年の殿堂入りを発表し、競技者表彰のプレーヤー表彰として、日米通算201勝で日本人選手の米大リーグ移籍のパイオニアとなった野茂英雄氏(45)が選出された。

 

 日本人メジャーリーガーのパイオニア・野茂氏が残した功績は計り知れないが、そのインパクト、実績は今も全く色あせていない。

 

 メジャーで先発投手として123勝は現在も日本人の歴代最多勝利数。2位の黒田が68勝、3位・松坂の53勝を見ても11年間で7度の2桁勝利をマークした野茂氏の実績を超える日本人投手はまだ現れていない。

 

 2度の奪三振タイトル(95年ドジャース、01年レッドソックス)と2度のノーヒットノーラン(96年、01年)達成の偉業に追随している投手は今のところ昨年、野茂氏以来の奪三振王を獲得したレンジャーズ・ダルビッシュだけだ。

 

 だが、年俸で見ると序列は一変する。野茂氏がメジャー11年間で稼いだ年俸総額は出来高分を除いてざっと3200万ドル。これはメジャー移籍時点でいきなりレッドソックスと6年総額5200万ドルの初契約を結んだ06年の松坂、ドジャースと3年総額3530万ドルの契約をした07年の黒田、レンジャーズと6年総額6000万ドルの契約をした11年のダルビッシュよりも低い金額だ。

 

 1995年にド軍とマイナー契約を結び当時のメジャー最低保障10万9000ドルでトルネード旋風を巻き起こしたパイオニアも、年俸が100万ドルを超えたのは4年目のこと。キャリアハイは10年目の04年、第2期ドジャース時代の900万ドルだった。

 

 現在では日本人投手の評価も上がりヤンキース・黒田の1600万ドルを筆頭にダルビッシュなど年俸1000万ドルを手にする投手は珍しくなく、現在、移籍交渉中の楽天・田中には5年総額1億ドルなどといういきなり単年2000万ドルもの価値がつこうとしている。

 

 しかし、そこには間違いなく野茂氏の功績がある。野茂氏とは近鉄時代の同僚で自身もメッツなど3球団を渡り歩いた吉井理人氏はかつて「数いる日本人プレーヤーの中で純粋にメジャーのシステムと闘ってマイナー契約から這い上がってその価値を高めたのは野茂だけ」と話していた。

 

 11年のメジャー生活の中では右ヒジ手術のため2度もマイナー契約に転落しながらメジャーに這い上がり、2000年のタイガース時代には日本人で初めて開幕投手を務めた。その「不屈の精神」こそが開拓者・野茂の代名詞でもあった。