メッツのドミニク・スミス内野手 母が僕をおろす決断を迫られた日、天の声が聞こえたんだって

2020年09月29日 14時00分

ドミニク・スミス(ロイター=USA TODAY)

【元局アナ青池奈津子のメジャー通信=ドミニク・スミス内野手(メッツ)】「僕がおなかにいるのを知った時、母は最初、おろすしかないと思ったんだって」

 メッツのドミニク・スミスの母、イベット・ラフレアさんは、一度も結婚したことがない。でも、父クレイ・スミスさんだってドミニクの人生にしっかり存在している。

「母は父とはそんなふう(結婚)には、一緒になってないね。父とは共同で育児していたし仲もいいけど、インナー・シティでは結婚は求められていないというか。感覚が違う。それが普通。今でも2人は兄弟みたいな絆でつながっているけど、ラブラブとかではないね」

 ドミニクはロサンゼルスのインナー・シティと呼ばれるサウスセントラル地区の出身。米国のインナー・シティの多くが貧困や犯罪の問題を抱えているが、ドミニクも暴力や銃声が当たり前の環境で育った。貧乏で食べる物に困ったことや異母兄弟を含めた7人兄弟(兄3人、姉3人)の末っ子であることなど、今考えると自分の知る世界とはあまりにも違う環境で育った彼に、的外れな質問もしていたのではないかと思う。それでも丁寧に答えてくれ、愛情あふれる人柄の印象ばかりが思い出される。

「インナー・シティにはドラッグが蔓延している。両親も、僕が生まれる前、何年もひどい薬物とアルコール中毒だった」

 イベットさんがドミニクを身ごもったのは、その中毒症が重症化し、日常生活がほとんど破綻していた時期だった。

「祖母が母から兄(8歳)と姉(13歳)を引き離し『ドラッグをやめないなら子供たちを返さない』と脅したほど、ひどかったみたい。そんな時だから3人目は産めるはずがないと思ったんだって」

 悩み、祈りながら決断を迫られたある日、イベットさんはお告げのような、天の声を聞いたのだという。

「神様だったのかな。その声は『この子を産みなさい。この子はいずれ、大事な人物になる。この子を産んだら、あなたを中毒症から解き放ってあげる』と言ったんだって。実際に僕を産んだら、本当に薬物やアルコールに対する欲求が一切なくなったらしい。父も。1995年にパタッとやめられて、今に至る。僕が10歳くらいの時に母から教えてもらった話なんだけど、僕は両親が中毒者だったなんて、想像もしたことがなかったから驚いた。当時の僕は、友達と野球をすることばかり考えていた子供だったから、そこまで気に留めなかったけど、母に『あなたは、いずれ何かで人の上に立つ存在になるから、何事にも全力で頑張りなさい』と言われながら育ったよ」


 想像しかできないが、恐らくイベットさんはドミニクを産んで人生を180度変えてみせたのではないか。昼は学校の配膳の仕事、夜はそのまま学校の清掃業でなんとか生計を立てながら、自分の子供3人だけでなく、近所で行き場を失ったり、避難場所が必要な子供たちも一緒に面倒を見ていたそうだ。

「僕ら兄弟もよく学校の掃除を手伝ったよ。家にはいつも人がたくさんいた。母は、助けが必要な子たちを全員歓迎し、彼らの第2の母のような存在だった」

 そんな環境で育ったからだろう。高校生でメッツからドラフト1巡目で指名を受けた後、ドミニクはメッツのルーキーリーグ球団があるフロリダ州ポートセントルーシーへ家族ごと引っ越したものの、大リーグデビューを果たした2017年、地元カリフォルニアに野球をする子供たちを支援する非営利団体「ベースボール・ジェネレーション」を設立。子供たちがプロを目指せるように道具や環境を提供するのはもちろんのこと、多くの現役大リーガーたちを招いて野球教室も行っている。

「自分には野球があった。今も親友と呼べる仲間たちと競い合い、ゴールに向けてひたすら練習できた。通っていたMLBユースアカデミーからアーロン・ヒックスやアンソニー・ゴースがプロ入りし、実際に活躍するのを見て、夢は現実にできるのだと必死になれた」

 自分がもらったモチベーションを次の世代へつないでいく。自分にはその使命がある。

「お金ではなく、インナー・シティの子供たちと時間を過ごしてほしい。直接時間を過ごすことでしか、変化は生まれない」

 黒人に対する人種差別問題を受けての記者会見で、ドミニクは大粒の涙を流しながらこう訴えた。その裏側にある思いを多くの人に知ってもらいたい。

 ☆ドミニク・スミス 1995年6月15日生まれ、25歳。米国カリフォルニア州ロサンゼルス出身。左投げ左打ち、一塁手、外野手。2013年のMLBドラフト1巡目(全体11位)でメッツから指名されプロ入り。17年にメジャーデビューし、同年49試合で9本塁打、打率1割9分8厘。18年は56試合に出場して5本塁打、打率2割2分4厘、19年は89試合で11本塁打を放ち、打率2割8分2厘と着実に成長。今季は50試合で10本塁打、打率3割1分6厘(27日現在)。身長183センチ、体重108キロのスラッガーで、チーム期待の選手としてブレーク中だ。

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