ドジャースのアンドリュー・トールズ外野手 2つの精神障害に苦しむ…家族が悲痛な訴え「再び野球をやるかどうかは正直どうでもいい」

2020年07月20日 16時00分

ドジャースで活躍したトールズ(右)(ロイター=USA TODAY Sports)

【元局アナ青池奈津子のメジャー通信=アンドリュー・トールズ外野手(ドジャース)】前回に続き「双極性障害」と「統合失調症」という2つの精神障害に苦しむ大リーガー、アンドリュー・トールズの話。

 2015年、過度の不安症から所属していたレイズを辞め、助けを求め施設に入ったアンドリュー。

「適切な睡眠、食事、運動、呼吸の仕方で、自分の不安と向き合い、大丈夫なんだって学んだんだ」

 アトランタの実家で家族と過ごしながら生活や精神面で落ち着きを取り戻し、母の勧めで近くのスーパーマーケットで働き始めるほどに回復したころ、ドジャースから連絡が来た。

「また野球をしてみないか」

 16年、3か月でマイナー3球団を駆け上がった飛躍の大リーグデビューは、度重なる失敗や問題を起こしてもなお、その才能にほれ、彼を信じた人々と、自分と向き合い、時間厳守に努め、たとえ失敗しても自分を責めないよう努力し続けたアンドリュー、両者にとっての大成功だった。

 困難を乗り越えた彼は、自分の経験を臆さず話し、正直者な性格はチームでも愛され、ドジャースでも目立つ存在になりつつあった。

 それが18年オフ、突然の失踪…。そこから1年半以上、何度も逮捕されたり保護されたりして施設などへ入るも、短期間で再び逃げ出してしまう生活を続けていることを、今回の事件発覚(フロリダ州キーウエスト空港裏の路上で寝ているところを逮捕)で家族が明かしたのだった。香港のガソリンスタンドで食料を盗もうとして逮捕されたことなども明かされた。

「とにかく弟を助けたい。家族みんなでどうにかしたいと全力でもがいているが、彼を愛する私たちからこそ彼は逃げている」と姉のモーガンさん。

 症状は人によって異なるため一概には言えないが、統合失調症と双極性障害を抱えるアンドリューには恐らく幻覚や幻聴などがあり、恐怖から安全を求めてあちこち逃げ回っていると考えられる。しかし、本人には現実と妄想の区別がつけられない。

「息子は誰かに追いかけられる妄想を抱いては毎日逃げている。自分が助けを必要だと理解できない人をどう助けたらいいのか? 毎日泣いて、祈るしかできない…。今回、世間に知られたことは神の導きなのかもしれない。これで隠さなくてよくなったから。手遅れになる前に助けたい」と父・アルヴィンさん。

 ジャスティン・ターナーらドジャースの面々をはじめ、多くの人がトールズ一家に「できることはないか」と連絡を取っているそうだ。ドジャースも、アンドリューを解雇せず、リストリクテッドリスト(制限リスト)に登録したままにしている。

 しかし、そこには大きな問題が立ちはだかる。

 少し複雑な話になってしまうが、今回の逮捕で家族はアンドリューが刑務所にとどまることを望んでいた。

 現在の米国において、アンドリューのような精神状態の人の法的後見人には、本人の承諾を得るか、本人あるいは他人に危害を及ぼす状態にないと、たとえ家族でもなれない。そのためアンドリューが6週間近く刑務所にとどまれば、薬などで落ち着きを取り戻し、正当な助けを求めるのではないかと望みを抱いていたからだ。19年春にドジャースの助けを借り、数か月治療を続けられたことがあった。

 しかし、今回の事件を聞きつけた誰かが事情を知らずに匿名で500ドルの保釈金を払い、アンドリューは保釈されてしまったのだ。大リーグで得た金銭的余裕は、アンドリューにはむしろ弊害になっているという。

「現在アンドリューは、支離滅裂な精神状態であるため病院に入院し治療を受けている。でも薬が効いて本人の意思が戻ってきたら、自由に退院できてしまう。私の弟は、もうずっと病気なのに、本人はそれを理解していない。そんな人を助けられるように法を変えてほしい」とモーガンさんは訴える。7月2日に予定されていた罪状認否の手続きに、アンドリューは訪れなかった。裁判日は8月5日に予定されたが、果たして…。

「弟が再び野球をやるかどうかは、正直もうどうでもいい。社会に適合できる人として、健康になってほしい」

 ☆アンドリュー・トールズ 1992年5月24日生まれ。28歳。米国ジョージア州出身。右投げ右打ちの外野手。2010年のMLBドラフト4巡目(全体137位)でマーリンズから指名されるも大学へ進学。12年のドラフト3巡目(全体119位)でレイズから指名されプロ入り。15年3月に自由契約となったが、15年9月にドジャースとマイナー契約を結ぶと、16年7月にメジャーデビュー。同年48試合に出場し、打率3割1分4厘、3本塁打、16打点、1盗塁を記録した。17年は故障などもあり出場は31試合。18年には17試合に出場した。20年6月26日、空港への不法侵入で逮捕された。