松坂大輔 伝説の発言「僕はマグロ」

2020年07月09日 11時00分

レッドソックス時代の松坂

【メジャー回顧録(5)】今季14年ぶりに古巣・西武に復帰した松坂大輔(39)。「平成の怪物」として日本球史に残る数々の名場面を生み出してきた一方、メジャー時代は苦悩の日々を送ったこともある。中でも記憶に残る怪物の試練はメジャー1年目の2007年。レッドソックス入団直後から始まった球団主導の「球数制限」である。

 松坂はプロ入りから一貫してブルペンで球数を投げながら状態を上げていくタイプ。メジャーでも日本流の調整でシーズンに備える腹づもりだった。ところが、チームはファレル投手コーチを中心にキャンプ初日から徹底して投手の投げる球数を管理。松坂も例外ではなく「肩は消耗品」とばかりにブルペン投球はおろかキャッチボールですら自由な投球を許されなかった。投げたくても思うように投げられない日々。いつしか怪物右腕はメジャー流の調整法に物足りなさを感じ、報道陣にも愚痴を漏らすようになった。そこで出た言葉が今も語り継がれる「マグロ発言」だった。

「僕はマグロのようなもの。常に投げていないとダメなんです」

 自らを回遊魚に例え窮状を訴えたが、首脳陣の方針を翻すまでには至らなかった。

 もっとも、そんな状況下でも結果を残し続けるのが平成の怪物たるゆえんだった。

 シーズン中の1試合における先発の球数は100球前後。松坂は限られた球数をもとに試合前のブルペン投球から全力投球を試みるなど試行錯誤を繰り返した。時には首脳陣の監視の目を盗むため、早めに球場入り。一人グラウンドの片隅で肩を作り、少しでも長くマウンド上で投げられるよう工夫を凝らした。そのかいもあり、メジャー1年目から15勝を挙げる活躍を見せ、チームを世界一に導いたのである。直後の会見で「この1年は本当にいろいろなことがありました」と喜びながらも神妙に語った松坂。その表情には球数制限で球団、首脳陣との衝突を繰り返した疲弊感がにじみ出ていた。

 月日がたち怪物右腕がソフトバンクに入団した後の15年。春季キャンプ中に当時の話を聞いたことがある。「ファレル(投手コーチ)ですか…、懐かしいですね」と笑みを浮かべながらこうつぶやいた。

「あのころは何も知らない中だったので、今はいい経験だったと思っています。でも、僕はブルペンで球数を投げて調整していきたい。これはもう変わらないでしょうね」

 今春の西武・南郷キャンプでも第1クール3日目に早くもブルペン入り。以後、水を得た魚のように投げ込む背番号16の姿が目立った。もちろん、誰も投球を止めることはなかった。
 剛球で押す全盛期の投法から変化球主体に変貌を遂げたとはいえ、今なお調整法は自己流を貫く。色あせない右腕にはやはりこのスタイルが似合っている。