「アンタらイナゴだ」 ミニキャンプ初日から乱心の伊良部

2020年06月17日 11時00分

タンパの練習場で報道陣に毒づく伊良部(中)。左は本紙・西山記者

【球界平成裏面史(51) ヤ軍・伊良部の巻(1)】平成9年(1997年)、ロッテのエースだった伊良部秀輝投手が米大リーグの名門ヤンキースに移籍した。日本を代表する剛腕がついにメジャーの舞台に立つ。記者はデビュー戦に向けてミニキャンプをスタートさせた伊良部の取材のため、6月9日に米国・フロリダ州タンパにあるヤンキースの練習グラウンドに到着。そこで人間・伊良部を物語る“乱心事件”に直面する。

 その大男は練習を終えると、のっしのっしと約20人の報道陣の方に近づいてきた。明らかに挑発的な態度で近くに腰をかけ、薄ら笑いを浮かべて「あんたら何しに来たん? 勝手に写真を撮っていいん? あんたらはイナゴと同じ。おいしい田んぼを見つけては集団で群がり、すぐにいなくなる」と話しかけてきた。

 すでにブチ切れているのは分かる。そのうち感情がむき出しとなり「俺は野球を失うかもしれない状況でずっと戦ってきた。あんたらにひどいことを書かれたこの傷は消えない。割られた茶碗は直らない」「俺にペンがあれば原稿は書けるが、あんたらはボールを投げられるのか? 俺はミケランジェロ。あんたらに作家やミケランジェロの心境が分かるのか」…。

 怒りの収まらない伊良部は巨体を揺すり、こちらに手を出して絡んでくる。サングラス姿の報道関係者を見つけるとサングラスを取り上げ、名刺を出させるとこれ見よがしに破り、肩をつかまれ、さらにペンを取られて折られる者も…。「どこの社や?」「出身はどこや?」。身の危険を感じるほどの迫力に報道陣は凍りつき、ヤンキースの広報担当者が止めに入らなかったらどうなっていたかわからない。

 その悪態は許されるものではないが、伊良部の気持ちはわからないではなかった。ロッテで2年連続の最優秀防御率を記録するなど球界を代表する投手になっていた伊良部はヤンキース移籍を強く希望。当時は入札制度などなく、その熱意に折れたロッテが提携するパドレスとのトレードをまとめた。しかし、ヤンキースにこだわる伊良部はこれを拒否し、最終的にパドレスからヤンキースに移籍させる“三角トレード”という強引な形で4月22日、ヤンキース入りが実現した。

 その間、伊良部の一連の行動に対してマスコミは「わがまま」として連日の大バッシングを繰り広げた。悪童イメージも拍車をかけ、中には「メジャーにトイレ掃除でもしに行くのか」と心ない記事もあったという。ファンからもブーイングされ、四面楚歌の戦いを続けた伊良部がマスコミに敵意を持つのも無理はなく、その思いが一気に爆発したのだろう。

 到着初日からまさかの修羅場に遭遇し、ビビりまくった記者は「えらいとこに来てしまった…」とため息をつくしかなかったが、その後もマイナーでの実戦登板が予定されており、取材は続く。こちらが気持ちを理解したからといって伊良部の機嫌が良くなるわけもなく、和解ムードなど1ミリもない。それどころか、記者の行動がさらに火に油を注いでしまうことになった。

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