ドラフト中継の画面にビックリ えっ!? ショートなのにまさかの投手で指名

2020年05月30日 11時00分

軽快な守備を見せるシモンズ(ロイター=USA TODAY Sports)

【元局アナ青池奈津子のメジャー通信=アンドレルトン・シモンズ内野手(エンゼルス)】ここ数日、自宅にいると毎日、電動ノコギリの音が聞こえてくる。何だろうと思い外を見ると、家の横の通路でご近所さんが壮大な工作をしていた。ダイニングテーブルを作っているそうで、熱心にやすりをかける音を聞いていたら自分でも何かしたくなってきた。目下、バスルームの塗り替えを思案中だ。

「ペンキの色で自分たちを表現しているんだ」

 アンドレルトン・シモンズに聞いた、出身地キュラソーの話が頭に浮かぶ。「米国に来て全然違うと思ったことの一つだよね。地元では、みんなそれぞれ好きな色で家を塗っていたから。こっちはコンサバな色が好きみたいだけど、地元では赤や青、緑って様々な色の家が多い。うちは、しょっちゅう塗り替えていた気がする。ワインレッドだったり白だったり。家の中もカラフルで、僕は必ずグリーンを入れて、と両親にお願いしていたかな」

 キュラソーという小さな島を初めてインターネットで検索した時の衝撃は今も忘れられない。黄色や水色、ピンクなどのパステルカラーの建物が立ち並び、まるで塗り絵のような首都ウィレムスタットはユネスコの世界遺産に登録されているほど美しい。

 いかにもカリブ海の太陽の下で育ったと言わんばかりのマイペースな「ゆるキャラ」なのに、とんでもなくダイナミックなプレーをするシモンズにも時折度肝を抜かれるが、毎日過ごす家を自分流に塗り替えるのが当たり前のキュラソーにおいて「16~17歳でチームと契約しなければプロ野球選手にはなれないと思うのが一般的」だという話が何よりも驚いた。

「僕はもう終わりだと思っていたんだ」。シモンズはこの類いの話をカフェで「コーヒーもう1杯」とでも言うようにあっさり話す。

「16歳で友人らが契約して街を出ていくのを見て、17歳でもどことも契約できなかったから。通常18歳になったら、もう君の時代は終わったねって感じでしょ? だから僕は楽しみとして野球をしようって決めて(オクラホマ州の)大学へ行かせてもらい、そこで19歳の時に運よくドラフトしてもらったんだけど、国際マーケットでは少し遅いよね」

 全く遅くはないと思うのだが、2010年ドラフトの話も面白いので続ける。

「ドラフトの日は、両親やコーチらとホテルの部屋でテレビ中継を見ていた。正直緊張していて、選ばれる可能性が噂されてはいたけど、またダメで落ち込みたくなかったから、一人で気を紛らわそうとしていた時、電話が鳴ったんだ。みんなで大喜びして、祝福し合いながらテレビ画面を見たら『アンドレルトン・シモンズ、投手』って出ていて『えっ? え?』って。表記ミスだと思うでしょ? でも『投手だったら3年でメジャーに上がれるよ』って言われたんだよ。『待って待って待って、僕は遊撃手だ』ってなんとか交渉して今がある。まあ打者として2年で上がったけどね」

 肩の強さには定評があり、大学時代はクローザーも務めていた彼を投手に…という球団の思惑も分からなくはないが、今となっては遊撃手にこだわってくれて良かったというひと言に尽きる。ちなみに大リーグへは飛び級もしている。

「2Aにいた時、雨で試合が中止になって誰かと夕飯を食べに行っている最中に監督からスタジアムに呼び出されて『お前は大リーグへ行くんだ』って。絶対冗談だと思って、僕が『ははは、またまた~』ってリアクションするのを『本当だって!』って4回繰り返されて、あっマジかって」

 昇格した事実を信じるのに時間がかかった理由を聞くと「なんでだろうね? 全然予期していなかったんだ。もし誰かに『100万ドルあげるよ』って言われたら信じないでしょう? 絶対裏があるって思うでしょう? そんな気分。だって夢はかなわないものだから。それが、当たり前だったりするから」と話してくれた。夢はかなうもの――。今ならそう言えるそうだ。さて、私はバスルームを何色のペンキで塗り替えようか…。

 ☆アンドレルトン・シモンズ 1989年9月4日生まれ。30歳。オランダ領キュラソー島出身。188センチ、89キロ。右投げ、右打ち。2010年ドラフトで2巡目(全体70位)指名されたブレーブスに入団。12年6月2日のナショナルズ戦でメジャーデビュー。同月は打率3割3分、3本塁打、14打点で月間最優秀新人賞に輝く。13年から正遊撃手となり、15年オフにエンゼルス移籍。主砲のトラウトとともに上位打線をけん引する。遊撃手としてメジャー屈指の守備力を誇り、ゴールドグラブ賞を4度受賞。