ダイヤモンドバックス スティーブン・ボート捕手 野球にパワーをあげすぎちゃだめ!!大事なことは…

2020年04月18日 11時00分

【元局アナ・青池奈津子のメジャー通信】「僕はスティーブン。よろしく」。自己紹介を返されて、たじろいでしまった。その声は予想よりも低く、安定と優しさを含んでいたから。

「僕が野球人生を通して学んできたのは、失敗への向き合い方。決して野球やお金が幸せにしてくれるわけではないということ。真の幸せとは自分が誰で、何を信じているか」
 27歳で大リーグデビューしたスティーブン・ボート。彼について調べると、いろいろな代名詞が出てくる。

「スプリングトレーニング中に行われたレイズのタレントショー(一芸披露)で、モノマネがうまく、見ていたスタッフや選手らを床に転げ回るほどに楽しませ、2年連続で圧勝したために殿堂入りさせられたセレモニーマスター」「アスレチックスで毎年選手らが投票で選ぶ、チーム内で最も勇敢で競争心が強く、インスピレーションのある選手に贈られる『キャットフィッシュ・ハンター・アワード』(殿堂入りした選手の名前が由来)の3年連続受賞者」「プレー以上にその人柄がクラブハウスにとってはなくてはならない存在だとチームメートやファンらから絶大な人気を誇る、未来の監督候補」

 野球選手でなければ大学で学生らの野球に対する情熱をさらに深める手助けができるコーチになりたかったというのもうなずける。どこか熱血漢な雰囲気も持っているからだろうか。

「僕は大リーガーとしてはデビューが遅かった。でも幸いにも、一度も野球に対してネガティブな考えを持ったことがない。4歳の時にプロ野球選手になりたいと思い、戦い続けられてここにいる。このゲームは難しい。MVPのマイク・トラウトだって7割失敗するんだから。よく言うでしょ。『最高の野球選手は才能があるとは限らない』って。転んでも次の機会に戻ってこられるような、失敗に対して最もうまく付き合っていける選手を『最高の選手』って言うんだよ」

 初めてなのに、思わぬディープな方向へと会話が進んだ。

「それでも僕らは最高のプレーをしようと毎晩、自分にプレッシャーを課すんだけどね。僕らほど成功を欲している者はいないと思う。少なくとも僕自身の自分への期待は誰にも超えられないね。でも完璧を求めたら、失敗ばかりで疲れて永遠に完璧になんてなれない」

 つまりね…と少し間をとり、スティーブはこう続けた。

「野球にパワーをあげすぎちゃダメなんだ。この仕事はいずれなくなる。僕にとってフォーカスすべき大事なことは、家族と、今こうしてユニホームを着て野球ができる毎日への感謝。ベストな自分でいられるように、ハッピーでいられるよう全力で生きていることが何より大事。マイナーリーグと大リーグ時代にそれぞれ肩をケガしてシーズンを棒に振ったことがあるんだけど、ゲームに出られないならゴールを切り替えるしかない。僕はリハビリを自分のゲーム(野球)と捉えることにしたんだ。回復のためのトレーニングを全てしっかりとこなし、良きチームメートであること。そのゲーム(野球)なら全力でできるな、と」
 それでも調子の悪い日は、妻に電話するか、好きな音楽を聴くのだそうだ。「妻はいつだって僕に火をつけてくれるね。こんな見た目だけど、『レベリューション』というレゲエバンドと『グレイテスト・ショーマン』(ヒュー・ジャックマン主演のミュージカル映画)のサントラが好きなんだ。歌詞がすごくポジティブでさ! そう、ポジティブを周りにおくこと! これに限る」

 家にこもるようになってからまもなく1か月がたとうとしているロサンゼルスで、選手らとのこういう会話を改めて思い出し、勇気をもらうことが少なくない。

 自分に今できることは何か。ふと思い立ち、日本の親戚らも誘い込んで毎週日曜日に父や弟家族と「家族Zoomランチ会」を開催中だ。1歳児から73歳までがオンラインで一堂に集う。これが意外と面白い。

 ☆スティーブン・ボート 1984年11月1日生まれ。カリフォルニア州出身。右投げ左打ちの捕手。アズサ・パシフィック大を経て、2007年のMLBドラフト12巡目(全体365位)で指名されたデビルレイズ(現レイズ)に入団。12年4月6日のヤンキース戦でメジャーデビュー。13年4月6日にトレードでアスレチックス移籍。同年6月28日のカージナルス戦でメジャー初安打を本塁打で飾る。一塁手や外野手でも出場機会を増やし、15年にレギュラー定着。オールスター戦に初選出され、規定打席にも到達した。17年6月にウエーバー公示を経てブルワーズ移籍。19年はジャイアンツでプレーし、昨年11月末にダイヤモンドバックスと契約した。