レッズのカイル・ファーマー捕手(後編) 半身不随のルームメートから学んだ人生の教訓

2020年02月08日 11時00分

ファーマー(右)は昨季レッズで97試合に出場(USA TODAY Sports)

【元局アナ・青池奈津子のメジャーオフ通信】19歳にして仲間の一人が不慮の事故で半身不随になったら、どう乗り越えるのだろう?「一緒に暮らし始める」なんてカイル・ファーマーがとった行動は、まず思い付きもしないのではないか。

「大学の近くの3階建てを借りていた友人のチャンスのお姉さんが卒業したんで、そこにチャンスを入れて5人で住んだんだ。事故から10か月後のこと。アレックス・ウッズもいたよ。不動産屋が彼のためにバリアフリーの改装をさせてくれた」

 家の前のスロープやトイレのドア、シャワースペースの拡大…。大学のバンも毎日迎えに来てくれたそうだ。チャンスさんは友人たちと過ごす時間を楽しむ一方で、事故のことを思い出して落ち込んだり怒ったり、負けず嫌いな性格から助けや同情を拒むこともあったという。それでも「それを互いにシェアして泣き合ったりもしたし、車椅子なんてないも同然にイタズラしたり。一緒に暮らしていて僕らはチャンスをかわいそうと思ったことはない。どこにでもいる大学生だった」。

 チャンス・ヴィーゼーさんの精神力の強さ、仲間たちの強い絆、必死に今を生きる若者たち…5人が何げない日常に笑い合っている姿が想像できて、胸が熱くなった。

 実は、直接チャンスさんに話すべきだ、とカイルから連絡先を聞いていた。チャンスさんは、南部なまりのエネルギーあふれる声で快く電話インタビューに応じてくれた。

「事故から最初の2週間が一番つらかった。なぜ自分にこんなことが起こるのかと。手術後にリハビリ施設に転移して、自分よりずっと悪い状況の人がたくさんいるのを目の当たりにして気付いたんだ。自分以上のケガに苦しんで、半身不随でもいいから僕と代わりたいと思っている人たちの周りにいたら、なかなか自分のことばかり嘆いていられなくなるもので、そこから真っすぐ前を見て過ごしてきたよ。カイルたちと同じ家に住み始めて大学に戻った時、奪われた自立の感覚が戻ってきてうれしかった。車椅子にこそ座っているけど、初めてノーマルな日常に戻った気がしたんだ」

 家の前の傾斜のきつい坂道を行き来するのを見て、カイルら数人が車椅子で上ろうとしたら全員ひっくり返って大笑いした話も教えてくれたチャンスさんは、実はこの1月に結婚した。相手は事故当時交際していたモリーさん。一時離れていたが、復縁して1年ほどになるという。そんな2人の結婚式でチャンスさんは会場中を驚かせた。

「半年ほど前に見た動画にインスパイアされて、太ももに巻くストラップを買ったんだ。これを友人の脚と自分の脚に巻きつけて立って2分間自分を支えられていられれば、妻と母と踊れると思ったんだ」

 インターネットには、両脇を友人らに支えられながら立ち上がり、モリーさんとダンスする姿がシェアされている。大勢の前で失敗はできない、と事前に何度か練習した成果だったそうだ。

「最高の瞬間だった。この類いの事故は、男らしさを奪ってしまう。必ず助けを必要とする体だからね。今回彼女よりも背が高く立てたことで男としての喜びと満足感を味わったよ」

 カイルの言葉を思い出す。

「チャンスのことで皆に知ってもらいたいのは、たとえ何があろうと自分の人生は自分が生きたいように歩んでいけるということ。障壁にぶつかっても、チャンスは自分がやりたいと思うことをこの事故に止めさせなかった。『俺はこれを乗り越えて、最高の人生を送るんだ』と言って、大好きな狩りや釣りを楽しみ、すてきな彼女と保険代理人として自分のビジネスを持って、最高の日々を過ごしている。強い意志とポジティブなマインドを持っていればなんだってできるさ、ということ。それこそが彼のメッセージだと思う」

 ☆カイル・ファーマー 1990年8月17日生まれ。29歳。ジョージア州アトランタ出身。183センチ、97キロ。右投げ右打ち。捕手、内野手。2013年のドラフト8巡目で指名されたドジャースに入団。17年7月30日のジャイアンツ戦でメジャーデビュー。初打席で逆転サヨナラ2点二塁打を放った。18年オフに計7人による大型トレードでレッズ移籍。ユーティリティープレーヤーとして欠かせない存在となり、19年は本職の捕手以外にも内野の全ポジションに就いた。同年8月8日のカブス戦ではメジャー初登板し、打者5人を無失点に抑えた。