祖父はR・ソックスの英雄・カール  今を生きることの大切さを教えてくれた元マイナーリーガーの父

2019年06月30日 11時00分

レジェンドの孫としても注目されるヤストレムスキー(右、ロイター=USA TODAY Sports)

【元局アナ青池奈津子のメジャー通信=マイク・ヤストレムスキー外野手(ジャイアンツ)】「父の方が、僕よりもずっと重圧を感じていたと思う。殿堂入り選手の息子ってやっぱり大変で、人が与える以上のプレッシャーを自分自身で課していたところもあったから。僕は大きくなるにつれ、祖父の成し遂げたことがいかにすごいか、すごすぎて誰にもできないことだと分かったから、まったく比べたことがないんだ」

 ジャイアンツのルーキー、マイク・ヤストレムスキー。28歳という年齢もあるかもしれないが、知的な落ち着きと静かな存在感があり、話しやすい。

 その立ち居振る舞いは、レッドソックスの英雄、カール・ヤストレムスキー(現役23年、3冠王、オールスター18回の殿堂入り選手)の孫だということも当然大きく関係しているのだろう。マイクの名前をネットで検索すると、新人としては異例の数の記事がヒットすることからも、注目度の高さと一つひとつ丁寧に対応してきた様子がうかがえる。

「祖父とは高校時代の毎週日曜日の朝、一緒に練習をして関係を深めていったけど、今の自分があるのは父のことが大きく関係していると思う」とマイク。

「両親が離婚して、僕はフロリダから母の実家があるマサチューセッツ州に引っ越したんだけど、父とはよく話したし、手紙のやりとりをしていたんだ。別れてはしまったけど、父にとっての一番大切な存在は僕なんだと、父はあらゆる手段で伝えてくれようとした。父からの手紙はいつもスペシャルだったよ。父の努力のおかげで、時に寂しさや理不尽さでやるせなくなっても、会えばいつも帳消しだった。しまいには、僕が10歳の時近くに引っ越してきたんだ。だから、最後の4年間はたくさんの時間を一緒に過ごすことができたよ」

 実はマイクが14歳の時、父、カール・マイケルさんは、股関節手術後に血栓による心臓発作で44歳の若さで亡くなっている。

「僕は一人っ子だけど親戚が多くて、当時本当にたくさんの人が支えてくれたんだ。母のためにしっかりしなきゃ、というのもあったし。あの経験から何事も当たり前だと思わなくなった。一日一日、瞬間瞬間が大事。それはもう秒単位で楽しんでいるよ。先のことを心配するよりも今を生きることが大切。だから今夜の試合の心配は、その時になったらすることにしているんだ」

 オフシーズンに暇さえあれば、釣りやゴルフに出かけていくのは、父との思い出がいっぱい詰まったアクティビティーだからだと言う。お父さんの話をするマイクは、声のトーンが少し上がる。ちなみにそのカール・マイケルさんも元マイナーリーガーなのだが。

「一緒に野球もやったけど、父は若い僕に野球は厳しくて集中しすぎるって思っていて、毎日練習する必要はないさって、もっと他の楽しいことしようと言ってゴルフコースや水の上に連れていってくれたんだ。僕にひたすらボールを投げてくれたり練習相手になってくれたのは母なんだ。母いわく、僕は野球なんてわかるはずもないオシメをはいた幼児時代から、歯ブラシをバットに見立てて振っていたっていうんだ。血は争えないって思ったのかもしれないね」

 大学での学位を取るのだ、と数回にわたってドラフトを断ったのちのマイナー生活6年。ようやく大リーグにやってきた彼が祖父カールさんのようなキャリアを築くことはないかもしれないが、なんだかそこにいることがやたらしっくりくる。

「本当? うれしいな。新人として、できるだけうまく目立たずに交ざりたいし、誰の邪魔もしたくないからね」

 …目立っていないわけではないのだが、マイクならどんな状況においても大丈夫そうだ。

 ☆マイク・ヤストレムスキー 1990年8月23日生まれ。28歳。米国フロリダ州出身。左投げ左打ちの外野手。2009年、12年にMLBドラフトで指名されるも入団は見送り。13年にドラフト14巡目にオリオールズから指名されてプロ入り。19年3月にジャイアンツに移籍し、5月にメジャーデビュー。祖父は67年に3冠王に輝いたレッドソックスのレジェンドで、歴代6位の通算3419安打を誇る「ボストンの英雄」。89年に野球殿堂入りしている。