「本当にクレージー」 ドラフト42巡目選手がオールスター戦に選出されるまで

2019年04月27日 11時00分

ブレーブス時代のブラック(ロイター=USA TODAY Sports)

【元局アナ青池奈津子のメジャー通信=ブラッド・ブラック投手(カブス)】「ドラフト42巡目、契約金は1000ドル。税金を引かれたら660ドルくらいにしかならなかったから、すぐに自分の銀行口座に入れてその夏の食費に充てたよ。たくさんの10ドルビュッフェに変わっていった」

 物腰が柔らかく丁寧な対応をしてくれたブラッド・ブラック。

 幼いころからルールに従うことに抵抗がなく、トラブルとは無縁だったという彼に「過去一番クレージーな行為は何か」と聞くと、悩みながら出してくれた答えが「2Aの時にモヒカン刈りにして金髪に染めたこと」だった。

「僕の父は水道メーターの検針員、母はベビーシッターやセールスレディーをしていて、ルールに従い、一生懸命働いていれば、働いた分の対価がもらえる。一歩一歩、しっかり頑張っていれば、大きな夢だってかなう、そういうふうに過ごしてきた人たち。彼らが僕のベース」

 ちなみに、ドラフト制度は2012年から40巡までとなり、現在42巡目は存在しない。遅い順位で呼ばれる選手の多くは辞退して翌年に指名順が上がることを期待したり、野球とは別の道を選ぶ人も多い。だからブラッドも「野球選手になる可能性なんてほぼないと思われていた」という。

「ただ、機会が欲しかったんだ。僕はすごく小さな学校の出身で、そこまで速い球は投げられなかったんだけど、十分に頑張ればいずれ速さがついてくるんじゃないかって気がしていて。負けず嫌いだったし。だから僕にとっては、これがチャンスだった。両親も金銭的にきつかったらできる限り助けるからと、とにかく夢を追いかけることを後押ししてくれたんだ。すごく感謝しているよ。そんなわけで、その時はドラフトされたし、どこまで行くかやってみよう、その一心だった」

 その秋、夢で膨らむブラッドにとって、一大事件が起こる。

「学生ローンの請求書が手元に届いたんだ。真っ青になったよ。家賃とローン、どうやって払おうって。9月はあまり外に走りに行かないんだけど『ちょっと走ってくる』って言って、頭を冷やすためにランニングに出たのを覚えている。家賃500ドル、学生ローン500ドルくらいだったかな。走りながら、何とかして払うしかないって腹をくくって。野球でもらった給料は丸々そこにつぎ込んだよ」

 援助するとは言われても、実際は両親に頼りたくなかったと、ブラッド。大リーグに呼ばれてまず最初にしたことは「もらった給料全額を当時残っていた2万5000ドルほどの学生ローン返済に充てた。とにかく借金生活を終わらせたかった」。話を聞けば聞くほど、彼の真面目さが伝わってきた。

「大リーガーになった今だからこそ、楽しい道のりだったなって思うよ。苦労や不安はたくさんあったし、これからもあるけど、スポーツや野球のすごいところって、何もないところから来られて、それがどうにかしたら、大好きなゲームを人前に出てプレーするキャリアに変えられること。すごい経験だし、僕は何よりもそのチャンスがもらえてありがたかった。独立リーグに入ってまでできるかは自信がなかった僕が、辛うじてドラフトされたところから、ワールドチャンピオンになれる可能性のあるチームでプレーするところまで来られたなんて、本当にクレージーだよ」

 ブラッドは、自分が言った言葉に全然気が付いていなかったようだ。モヒカン金髪より、わずかなチャンスに飛び込み、オールスターにも選出されるほど信頼できる投手になったこと、それって「本当にクレージー」だよね。

 ☆ブラッド・ブラック 1986年4月12日生まれ。33歳。米国ニュージャージー州出身。右投げ右打ち。投手。198センチ、97キロ。2008年のドラフト42巡目(全体1275位)でパドレスから指名されプロ入り。11年にメジャーデビューし、12年に初勝利。13年オフにオリオールズに移籍し、18年途中からブレーブス、19年はカブスでプレー。長身のサイドスローから繰り出される直球を武器に、主にリリーフ投手として活躍している。

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