ブルワーズを一変させたマーフィーコーチ コンソール監督の大リーグキャリア16年の礎を作った名将

2018年10月20日 16時30分

コンソール監督(右)の右腕マーフィーコーチ(左、ロイター=USA TODAY Sports)
元局アナ 青池奈津子「メジャー通信」

【パット・マーフィー(ブルワーズ・ベンチコーチ)】

「あー長い」

 何度も通っているのに思わずつぶやかずにはいられない、ドジャー・スタジアムのビジターのクラブハウスまでの地下通路。球界で3番目に古い球場は改修に改修を重ねた結果、フィールドからクラブハウスまでがやたら遠くなり、早足5分以上…なんて聞くと大したことないが、取材が許されたわずかな時間(試合前なら1時間が勝負)で移動に取られるのは至極不便で、ついボヤいてしまうのだ。このポストシーズンは一体、何人の記者が迷子になるだろう。

 と、そんな通路をその日も足早にブルワーズの取材に向かっていたら、部屋の前のこみ入った通路に、簡易机と椅子、卓上にはA4ほどの白紙に定規で丁寧に引かれた線とびっしりと書き留められた文字たち。そこだけ一瞬書斎のようで、きちょうめんな人がいるものだな、と足を止めると「僕は実際に紙に書かないとしっかりインプットできないんだ」と背後から落ち着いた声がした。

 パット・マーフィー・ベンチコーチだった。

「僕の育った時代は何でも紙に書いたからね。書くことが創作につながっているし、こうやって奇麗にしたためたもの、メモに書き殴ったもの、どちらも文字だけでいろいろ物語っている。選手のこと、彼らに提案したいこと、子供のこと、彼らが今何をしているか、僕はすべてを書き記したいんだ。それを1日怠ると、落ち着かない」

 結局、私はクラブハウスまでたどり着かぬまま、マーフィー・コーチと話し込んだ。「選手なんてのは、繊細で不安定でエゴが強く自己中心的なやつらばかり。人間として発達する場所がないんだよ。だからコーチとしてそこを突いていきたい」

 あえて互いにけなすような言葉を交わしながら、つながりや絆を深めていくのだという。

「試合で活躍するために準備し、いいプレーをし、最後は自分自身を良く扱ってあげる。この3つ目が最も大事なことだけど、本当の意味を知らない選手が多い。自分をケアすることには正解があるわけでも、終わりもない。もし彼らが活躍し続けたいなら、マインドをしっかり方向付け、自分をケアしなければならない。いろいろ試してうまくいかない時っていうのは恐らくやり方が間違っていて、彼ら自身がそのことに気づかなければならないのだけど、そこに少しでも早くたどり着けるように助けるのが僕らの仕事」

「ピッチャーが投げる瞬間、その1秒が意味を持つ。次の投球までの十数秒も意味を持つ。スリーアウト取って、またマウンドに上がっていく。そこまでの間に何をするか、何を考えるかで変わってくる。自分自身をその瞬間に切り離すこと。チームのために野球をするとは、自分の感情を切り離したプレー、ギブ(give)すること。すると、新たな感覚が生まれるんだ。自分の中の何かを手放せた時に開かれる新しい扉は、そうやって与え続けることができたら、どんどん開かれる。惜しみなく与えることの大切さを教えたいんだ」

 マーフィー・コーチの発する言葉は選手たちへの愛情があふれていて、素晴らしい指導者に恵まれたブルワーズをうれしく思った。後で知ったのは、マーフィー・コーチがノートルダム大学とアリゾナ州立大学という強豪の野球チームのヘッドコーチを22年も務めた名将だということ。そして、ノートルダム大学時代の初期の生徒の一人だったのが現ブルワーズ監督、クレイグ・コンソール。コンソールが2015年監督就任時にすぐさま電話した人物の一人がこのマーフィー・コーチだったそうだ。

 コンソールの大リーグキャリア16年の礎を作ったかつての指導者が、監督となった彼の右腕となって3年。すっかり別のチームに変身したブルワーズの強さのヒントは、ここにあるのではないかとにらんでいる。

 ☆パット・マーフィー 1958年11月28日生まれ。59歳。ニューヨーク州シラキュース出身。フロリダアトランティック大で投手、捕手、内野手をこなすユーティリティープレーヤーとして活躍し、82年にジャイアンツに入団。4年間をマイナーで暮らす。88~94年までノートルダム大、95~2009年までアリゾナ州立大のヘッドコーチを務め、10年にパドレスの特別アシスタントに就任。15年からブルワーズのベンチコーチとなり、コンソール監督を支えている。

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