【広瀬真徳 球界こぼれ話】高校野球界では「丸坊主」に加え、甲子園での投手の「球数問題」。プロ野球界では誤審撲滅に向けたビデオ判定によるリクエスト制度導入…。日本球界では今、あしき慣例を是正する動きが広まりつつある一方、野球の本場メジャーでは改善したくてもできない伝統に悩まされているという。長年、米球界に受け継がれている「アンリトンルール」、いわゆる「暗黙のおきて」である。

 その中でもとりわけ問題視されているのが「報復死球」。8月25日(現地時間)のエンゼルス対アストロズ戦で、大谷翔平(24)が相手投手オズナから受けた洗礼は代表例だろう。

 8回に大谷が死球を受ける直前の7回、エンゼルスのアンダーソン投手が相手打者アルテューベに死球。その仕返しとばかりに大谷が標的にされた。試合後、大谷は「デッドボールは普通にあること。僕もピッチャーをやっていれば当ててしまうこともありますし」と涼しい顔を見せたが、腰部への故意死球は一歩間違えれば大けがにつながる。本音では悔しかったに違いない。

 チームのためとはいえ、当てる側、当てられる側の双方に不快感が残るあしきメジャーの慣習。今のところ「改善しよう」という声を聞かないが、メジャーの中にはこのルールに疑問を持つ選手も少なくない。私が知る限り、アスレチックス、ヤンキースなどで活躍したJ・ジアンビもその一人だった。

 彼は現役時代、メジャー屈指のスラッガーとあって、自軍投手が相手の主力打者に死球を当てると、報復死球の憂き目に遭う機会が多かった。そこで「この不文律についてどう思うか」と尋ねたことがある。本人は「難しい質問だね」と苦笑いを浮かべながらも真摯にこう答えてくれたことを思い出す。

「味方がボールを当てられたらやり返すのは当然だし、逆に味方投手が当ててしまったら自分に死球が来るのは仕方がない。これはメジャーの暗黙のルールだから。でも、そのルールが正しいかどうかは別の問題だ。死球は打者にとって常に危険を伴うし、できれば故意死球はなくなった方がいい。これが打者の本音じゃないかな」

 改善すべきルールであると認識しながら、声を大にして訴えられない。米国では「やられたらやり返す」が基本で、仮にルール改善を言いだせば「弱腰」のレッテルを貼られる。メジャーにおける故意、報復死球はアンタッチャブルな規定として脈々と受け継がれているのだから厄介と言わざるを得ない。

 日米の思考、文化的な違いがあるとはいえ、この由々しき慣習。何とかならないものなのか。

 ☆ひろせ・まさのり 1973年愛知県名古屋市生まれ。大学在学中からスポーツ紙通信員として英国でサッカー・プレミアリーグ、格闘技を取材。卒業後、夕刊紙、一般紙記者として2001年から07年まで米国に在住。メジャーリーグを中心に、ゴルフ、格闘技、オリンピックを取材。08年に帰国後は主にプロ野球取材に従事。17年からフリーライターとして活動。