【広瀬真徳 球界こぼれ話】マリナーズのイチローが今季欠場を宣言してから3週間がたった。3日に行われた会見で「(プレーするのは)終わりではない」と語ったように、現役引退ではない。その言葉どおり、現在も「会長付特別補佐」として毎試合チームに帯同。体づくりに余念がない。長年にわたり数々の困難を乗り越えてきた「孤高の天才」のこと。本人は「復活できる」と考えているのだろう。

 とはいえ、イチローは現在44歳。この年齢の選手が1シーズンのブランクを経て、本当に現役復帰できるのか。常識的に考えれば厳しいのは否めない。ただ、メジャーには長期間のブランクを経てカムバックした選手が何人かいる。私の中でその印象が最も強いのが1980年代後半から90年代にかけてメッツ、ヤンキースなどで大活躍したデビット・コーン投手だ。

 2001年にレッドソックスの先発として9勝(7敗)を挙げながらも、翌年は所属球団がなく「浪人」を余儀なくされた。それでも40歳になった03年に古巣メッツと契約。開幕から先発ローテーションに加わり、同年4月には白星も飾ったベテラン右腕である。

 残念ながらコーンはその後、故障の影響もあり5月末で引退。復活劇は開幕からわずか2か月で幕を閉じたのだが、驚いたのはその間の彼に対するファンの熱狂ぶりだった。

 当時、メッツの本拠地シェイ・スタジアムはコーンが登場するとファンが一斉に総立ち。1球投げるたびに地響きのような大歓声がグラウンドにこだました。2度の奪三振王に加え最多勝、サイ・ヤング賞にも輝いた右腕とはいえ、このころの直球は最速でも130キロ程度。剛腕投手として名をはせた全盛期の面影はみじんもなかった。それでも元メッツのスター選手。ファンには特別な思い入れがあったに違いない。コーンの降板まで球場全体が独特の緊張感と興奮に包まれていたことを今も鮮明に覚えている。仮にイチローが復帰した場合、この時以上に球場が熱気を帯びるのは確実だろう。

 マリナーズは来春、開幕2試合を東京ドームで行う。イチローが出場すればそのインパクトは計り知れない。球団側も開幕シリーズの成功を念頭に今春、背番号51を用意して電撃契約したはず。イチローは来季開幕戦、大歓声とともに、どのような姿でグラウンドに現れるのか。ファン一人ひとりに様々な不安や期待を抱かせる「現役続行宣言」は、それだけでも価値がある。

 ☆ひろせ・まさのり 1973年愛知県名古屋市生まれ。大学在学中からスポーツ紙通信員として英国でサッカー・プレミアリーグ、格闘技を取材。卒業後、夕刊紙、一般紙記者として2001年から07年まで米国に在住。メジャーリーグを中心に、ゴルフ、格闘技、オリンピックを取材。08年に帰国後は主にプロ野球取材に従事。17年からフリーライターとして活動。