【ズームアップ甲子園】第89回選抜高校野球大会第5日の24日、第2試合で早実(東京)が明徳義塾(高知)を5―4で下し、2回戦に進出した。9回、あとアウトひとつで敗戦の状況から敵失で命拾い。そこから同点に追いつき、延長10回に勝ち越した。注目のスラッガー・清宮幸太郎内野手(3年)は4打数1安打1四球だったが、ミラクル勝利の裏には、この怪物の“魂の叫び”が大いに関係していた。

 2―4で迎えた9回。ベンチ前で組まれた円陣の中心で清宮がこう声を張り上げた。「声も出し切って、やることも出し切ろう! 試合が動いたらこっちに流れが来る! 谷があったら山も来る!」。直前の8回、エース・服部(3年)が明徳義塾の4番・谷合(2年)にソロ本塁打を被弾。2点差と突き放された後に飛び出した主将のゲキだった。

 7番・橘内(3年)から始まった9回の攻撃。早実ナインは「(3番の)清宮へつなげ」の一心で1点を返したが、二死一塁と追い詰められた。ここで途中から2番に入った横山(2年)の打球は明徳のエース・北本(3年)の前へ。投ゴロでゲームセットとなるところで北本がまさかのファンブルで一、二塁となった。まさに神がかりの展開。ここから流れは一気に早実へ傾き、清宮四球で満塁。4番・野村(2年)が押し出し四球を選び、土壇場で追いつき、延長10回に9番・野田(2年)の中前適時打で勝利をもぎ取った。

 そんなミラクル勝利の裏で早実ナインを支えていたのが、怪物の熱い言葉だった。新チーム発足後、主将に就任した清宮は「GO! GO! GO!」というスローガンを掲げた一方で昨夏の西東京大会準々決勝・八王子学園八王子戦の敗戦を「ネセサリー・ロス」と位置づけ、もうひとつの合言葉として繰り返してきた。

「『ネセサリー・ロス』は必要な負け。この日の負けは絶対に忘れちゃいけない」。父・克幸氏がラグビーでチームを率いる際に使った言葉。清宮はそれを早実主将として事あるごとに口にし、敗戦の悔しさを糧に新チームを作り上げてきた。「ここで一本出なくて、こんなに簡単に負けてしまうものなのか。それを清宮さんは伝えてくれました。今日も試合中『ネセサリー・ロス』が頭をよぎっていた」(ある選手)。いわば清宮の“魂の叫び”であり、早実ナインにとっては忘れられない言葉であり、忘れてはいけない言葉なのだ。

 明徳戦前夜のミーティングでは、新チームの軌跡DVDがサプライズ上映された。八王子学園八王子に敗退したシーンから始まり、選手紹介、冬季合宿の模様が続いた。終盤には昨秋神宮大会決勝で敗れた履正社(大阪)戦が映し出され「この負けをどういかすのか。全国2位で満足しちゃいけない」のテロップが流れた。上映が終わると清宮が「この舞台を楽しめ!」とナインを鼓舞。さらに1年夏の甲子園での経験を振り返り「甲子園だから恥ずかしいとか考えると一生後悔するぞ! 相手がどこだとか考えず、楽しくプレーしよう! 楽しまなきゃ損!」と話したという。

 9回の敵失シーンを早実・和泉監督は「次が(3番の)清宮だったし(失策は)見えない重圧があったのでは」と振り返り「あの回はいろいろな気持ちがつながったのだと思う」と話した。この日の清宮は初打席で低く鋭い中前打を放ったが、ほかは「全部打ち損じた」と4打数1安打。だが、怪物主将の存在感はやはり絶大だ。