怪物スラッガー・清宮「早大→メジャー」中1で語っていた大胆進路

2015年07月28日 06時00分

勝利の瞬間、清宮は両手を広げて歓喜の声を張り上げた

 早実が“怪物スラッガー”清宮幸太郎内野手(1年)の活躍で5年ぶりの夏の甲子園出場を決めた。第97回全国高校野球選手権大会、西東京大会決勝・東海大菅生戦(神宮)は26日、早実が5点を追う8回に一挙8得点を挙げ、8―6と逆転勝利。右前適時打を放った清宮は歓喜の涙を流した。高校入学からわずか4か月でひとつの夢を達成した清宮だが、あくまでも通過点。実は本紙に仰天プランを明かしていた。それは――。

 快晴の神宮球場は大“早稲田コール”に包まれた。早実の怪物1年・清宮はこの日3番・一塁で先発し4打数1安打1打点の活躍でチームの勝利に貢献。甲子園への切符を手にした。

 5点を追う8回、東海大菅生の投手陣が崩れ2者連続の押し出し四球などで逆転。球場が異様な雰囲気に包まれるなか、打者一巡で回ってきたこの回2度目の打席だった。「なんでかはよく分からないけど、絶対に回ってくると思っていた。押せ押せだったんで、いいところだけ打とうと」。清宮がそう振り返った打球は勝負を決める右前適時打。結果的に早実がこの回8点を挙げ、東海大菅生を粉砕した。

 ラグビー・トップリーグ、ヤマハ発動機の清宮克幸監督(48)の長男で、リトルリーグ時代には世界一に輝くなど注目度は抜群。プレッシャーも相当だったろうが、その中で結果を出すのだからすごい。

 1年夏での甲子園出場は早実の偉大なOB、王貞治氏(75)と同じ。これで清宮は完全にスター街道に乗った。これほどの逸材をプロが見逃すワケがなく、高校卒業時に大争奪戦になるだろう。史上初の12球団競合があるかもしれない。

 清宮は将来の進路をどう考えているのか。一部では今大会前に10年後の夢として「プロ野球選手。ずばぬけていたらメジャーに行く」と報じられた。実は2012年8月、日本代表・東京北砂リトルの一員として世界一に輝いた際、こんなスケールの大きな夢を本紙のカルロス山崎通信員に打ち明けていた。

「将来の夢は、早実で甲子園に出場して、(早稲田)大学に行って、そしてメジャーリーガーになることです」

 早くも第1弾は実現した。続くは早大進学だ。大学でプレーすることで日本ハム・斎藤佑樹投手(27)のような伸び悩みも懸念される。しかし、早大からプロ入りした打者では掛布、バースとともに1980年代の阪神の中心打者だった岡田彰布氏(57)や、現役メジャーリーガー、ジャイアンツの青木宣親外野手(33)、阪神をけん引する鳥谷敬内野手(34)らが活躍している。心配は無用だ。人気低迷が指摘されている東京六大学にとっても救世主になるだろう。

 そしてその先のメジャー挑戦。大学からいきなりのメジャー挑戦といえば、実現しなかったものの、レッドソックスの上原浩治投手(40)は1998年の大体大卒業時にエンゼルスと合意寸前だったという。結局、巨人を逆指名して入団した。

 ただ、上原の場合は大学3年時、97年6月の日米大学野球で大会タイの14三振を奪い、メジャー各球団の知るところとなった。そして同年8月のインターコンチネンタル杯決勝で、当時国際大会151連勝中だったキューバ戦に先発して勝利投手になっている。

 清宮の米国内での知名度は当時の上原と比べれば現時点ではやや劣るものの、「和製ベーブ・ルース」と報じられており、関心度は高い。甲子園出場で今夏に日本で初開催されるU―18ワールドカップの日本代入りも現実味を帯びており、そこで活躍すれば、「上原超え」も可能だろう。格好のアピールの場となる。

 今後、清宮がどうなるか分からないが、進路は自ら切り開いていくだろう。夢は膨らむばかりだ。