大船渡・佐々木騒動で大野倫氏語る「球数制限があれば…」

2019年07月27日 16時30分

準優勝盾を手に母校に凱旋した佐々木ら大船渡ナイン

 高校野球岩手大会決勝で「令和の怪物」こと佐々木朗希投手(3年)が出場せずに大船渡が敗退したことを受け、各方面に波紋が広がっている。大船渡ナインは26日、同校で行われた準優勝報告会に出席。この日の取材対応はなかったが、大船渡・国保監督の采配については賛否両論が巻き起こっている。1991年夏、右ヒジに故障を抱えながらも地方大会初戦から全試合完投、甲子園決勝で結果的に投手生命を絶たれた沖縄水産の元エース・大野倫氏(46)は今回の問題をどう見たのか。直撃した。

 大船渡の敗退について、大野氏は「ニュースで知りました。決勝で佐々木君を投げさせるため、逆算しての準々決勝での登板回避と思っていたので、僕としても驚きでしかなかった。けがもない選手を出場させなかったことについては、正直なところ違和感も感じました」と率直な感想を吐露した。

 今回の議論の焦点については「両極端な事例、ということだと思います。今まではけがを抱えた選手を守るという意味での球数問題でしたが、今回はけがを未然に防ぐという判断。こういう事例を目の当たりにすると、指導者によっていろいろと極端な考えを持っているんだなというのがよくわかる。他の選手の気持ちはどうなのか。限界まで投げさせるのは良くないが、あまりにも過保護にして勝負の土俵にすら上がれないというのも疑問」と見解を語った。

 また、自身の高校時代を振り返り「僕のときはけがをしてからの連投だったので、今回のケースとはまた違う。自分のときは間違いなく投げたかったですし、何としてでも仲間と一緒に甲子園にという気持ちがあった。仮に自分が監督の立場であったとしても投げさせたはずです」とも。

 甲子園決勝が生涯最後のマウンドとなった苦い経験を持つ大野氏でさえ、今回の一件については慎重な見方をしている。

 一方で「よく決断したという意見と、何のために3年間やってきたんだという見方は両方あっていい。これまでより議論の幅は広がりましたし、それは非常に意義のあること」と議論白熱の流れを歓迎。

「あらためて早急な制度改革の必要性を感じます。過密日程はもちろん、球数制限があれば規定に合わせて準決勝での球数を抑えざるを得ず、逆に決勝で佐々木君が投げられた可能性もある。ルール上投げられないとなれば批判自体起こらないし、選手も守れて試合にも出られる。また、批判から監督を守ることにもつながる」と今後の展開に期待する。

 今回の国保監督の判断を英断と見るかどうかについては「今だからこそ叩かれるが、10年後には先駆者として評価される判断だとも思う。今、高校野球は本当に過渡期を迎えていて、この先前時代的な価値観はどんどん淘汰されていく。いずれは高校野球の歴史を変えた人物としてたたえられることになるのでは。そういう時代は今後間違いなく来る」と一定の理解も示した大野氏。

 今回の一件をきっかけに高校野球がどう変わっていくのか、悲劇のエースも注目している。

 【91年甲子園で投手生命絶たれた】沖縄水産のエースで4番だった大野氏は3年春、練習試合で18イニングを投げ右ヒジを故障。当時は栽弘義監督に相談することもできず、けがを隠したまま夏の地方大会に臨んだ。この時、右ヒジはすでに疲労骨折していたが、痛みが限界に達した地方大会準決勝で初めて監督に症状を明かすも、相談の末にその後も甲子園決勝まで投げ続けた。
 決勝では大阪桐蔭に打ち込まれ、準優勝。甲子園の閉会式では腕を真っすぐに伸ばすことすらできず、栽監督の行き過ぎた采配には多くの批判が殺到。現在に至る球数論争の発端となった。

 大野氏はその後、野手に転向しプロ入り。引退後の現在は自身の経験から「うるま東ボーイズ」を立ち上げ、1日7イニング、ダブルヘッダー禁止など、中学野球での球数問題に取り組んでいる。

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