東北初の女性監督に心奪われた 宮城・鹿島台商「みちのくの女キャプテン」山田知希(しるき)

2019年07月12日 11時00分

最後の夏へ意気込んでいる山田

【気になるアノ人を追跡調査!!野球探偵の備忘録(90)】一昨年、本紙でも取り上げた東北初の女性監督・阿部奈央監督(涌谷=宮城)に憧れ、この春、全国的にも珍しい女子主将が宮城県に誕生した。石巻北との連合チームを率いる鹿島台商・山田知希主将(3年)は、昨秋まで野球未経験ながら男子部員と同じメニューをこなし、最後の夏へ全力を尽くしている。14日の仙台高専名取との初戦を前に野球漫画のヒロインさながらの女キャプテンの素顔に迫った。

 マネジャーとして入部した山田が選手に転向したきっかけは2年前、秋の大会に向けて連合チームを組んだ涌谷高・阿部奈央監督の存在だった。その年の夏、東北初の女性監督として注目を集めた阿部監督のノックを間近で目にし、その姿に心を奪われた。

「女子で野球をやるのもカッコいいなって。当時はマネジャーだったので選手としては話してないんですが、アナウンスの仕方とかスコアのつけ方を教えてもらった。選手になってからも練習試合でお会いする機会があって『やるじゃん! 頑張れ』と言ってもらいました。憧れの存在です」

 マネジャー以上に忙しく、経済的な出費もかさむ。何より危ないとの理由から両親に猛反対されたが、何度も訴えるうちに、ついに両親が根負け。毎週月曜のオフには地元のすし店でバイトに励み、スパイクやユニホーム、部費を自分で工面した。自ら望んで進んだプレーヤーの道とはいえ、つらいことも少なくない。

「選手になったのが秋だったので、すぐに冬場の練習でボールもバットも触れなくなって。ウエートトレや18リットルのポリタンクを持ってのベースランニングとかジャンピングスクワットばかりで、何のために始めたんだろうと嫌にもなりました。でも、チームメートからも励まされて、始めたからには最後までやり通そうと」

 長い冬が明け、実戦練習が解禁になると、男子に交じってノックやバッティング練習など同じメニューをこなした。練習試合では、これまで代打で3打席に出場。結果はいずれも三振だったが、見逃し→空振り→ファウルの末の空振りと、徐々に成長の手応えを感じている。

 そんな山田の頑張りに、鹿島台商・阿部欽哉監督は今春、連合チームの主将に任命。全国でも珍しい女子主将が誕生した。

「主将でエースだった(大内)優斗の負担を減らすためと、私が一番声が出てるからと言われて。ルール上、認められるのかなという不安もあったし、優斗にも悪いかなという気持ちがあった。迷ってたら、優斗から『やりたいの? やりたくないの? どっちなの』と聞かれて『じゃあやる!』と」

 春の大会が終わってから、夏に向けて石巻北と連合チームを結成。合同練習は毎週土日に限られており、付き合いの短い石巻北の選手たちに主将として指示を出すときに叱咤することには、気が引けることもあるという。

「『女のクセに』って思われないかなという不安はありました。それでも何とかついてきて、助けられてます。オンとオフの切り替えが大事。キャプテンとして、真面目すぎるのもダメなんだなと。今では、ほとんど男扱いされてます(笑い)」

 クラスメートから男子の間ではやっているネタや話題のネットスラングを仕入れたり、ときに恋愛トークや下ネタにも付き合いつつ、主将としての信頼を得ている。

 さらには石巻北の阿部輝昭部長が、憧れの奈央監督の父親という偶然も。山田は、卒業後は警察官を目指しているというが「輝昭先生と話してみて、奈央先生みたいに教員になって野球を教えるという選択肢もあるんだなと。他にもやりたいことがたくさんあって、今はまだ決められません」と将来を語る。

 規定により、夏の大会で試合に出場することはできないが「キャプテンとして声出しを頑張って、少しでも勝利に近づけるよう応援したい。チームとしては11年ぶりの公式戦1勝です」と意気込む。みちのくの女性主将は、最後の夏に勝利の女神になれるか。

 ☆やまだ・しるき 2001年8月12日生まれ、宮城県多賀城市出身。多賀城東小2年から柔道を始め、地区大会上位入賞を果たす。東豊中では吹奏楽部に所属。鹿島台商進学後、マネジャーとして硬式野球部に入部。2年秋に選手に転向し、3年春から主将を務める。157センチ、62キロ。右投げ右打ち、ポジションは二塁手。