東邦・石川 Vの裏に父の大胆激励

2019年04月10日 11時00分

平成最後のセンバツ優勝投手となった石川

【赤ペン!!赤坂英一】愛知の東邦が選抜高校野球大会で30年ぶりに優勝し、平成最初と最後の両方で全国制覇を成し遂げた。習志野との決勝ではエース兼3番の石川昂弥が、完封勝利に2本塁打3打点と大活躍。実はこの日の朝、父・尋貴さん(46)からLINEでこういう励ましのメッセージが届いていた。

「優勝おめでとう!」

 石川はすかさず、父にこう返信したという。

「必ず優勝します!」

 父の大胆な激励が見事に功を奏したのだ。尋貴さんがこう振り返る。

「ああいうメッセージを送れば、決勝の前にイメージトレーニングできると思ったんですよ。こう投げて、こう打ってと、息子は決勝の前に頭の中で1試合分イメージして試合に臨んだはずです」

 尋貴さんは東邦が平成元年に優勝した時の野球部員だった。ベンチ入りメンバーから漏れ、アルプススタンドで声をからして応援。決勝では同級生エースの山田喜久夫が踏ん張って、元木大介、種田仁らプロ野球選手を輩出した上宮に逆転サヨナラ勝ちで優勝した。

 そんな平成最初のセンバツはまた、私が初めて取材した甲子園大会でもある。上宮のエース宮田正直はプロ入り後、くも膜下出血で東邦との戦いの記憶を消失。3年前、その宮田を主人公とした「失われた甲子園」(講談社)というノンフィクションを書き上げた。

 中日OBの水谷啓昭氏から「知多ボーイズにスケールの大きな内野手がいるよ」と聞かされたのはそのころだ。それが、まだ中学3年の石川昂弥だった。父の尋貴さんが東邦OBで、私が単行本にした平成元年の野球部員だったと聞いた時は、こんな巡り合わせがあるのかと驚いたものだ。

 東邦の森田泰弘監督は平成元年優勝時のコーチで、尋貴さんとは先生と生徒だった間柄。石川の素質にほれ込んだ森田監督は、自分が管理する名古屋市内のアパートに石川を下宿させた。その1階には森田夫人が経営する焼き肉店があり、ここでたっぷりと栄養を与えている。まだ高1の時、私が取材に訪ねると、石川はオムライスと冷麺の大盛りを頬張っていた。

 森田監督は「あのころから11キロ太って、いまは87キロ。たくましくなったでしょう」と目を細める。春の県大会からは内野手一本に絞る予定。「将来巨人の坂本クラスになる素材」と前出の水谷氏は言う。

 いまから「令和最初」の夏の甲子園が楽しみでならない。