【夏の甲子園中止】元中日・山田喜久夫氏 次男も“当事者”に 「前を向いて頑張れ」としか声をかけられなかった

2020年05月22日 16時30分

「喜来もち ろまん亭」の前に立つ山田氏

 夏の甲子園大会の中止が決まったことを受け、愛知・東邦高時代の1989年選抜大会で平成最初の甲子園優勝投手となり、中日、広島で活躍した山田喜久夫さん(48)が21日に高校球児の心情を思いやった。

 センバツで優勝と準優勝、1回戦敗退した夏も含めて3度も甲子園大会に出場した輝かしい経歴を引っさげ、ドラフト5位で中日に入団。それだけに「甲子園で人生は変わる。そこで4打席あってホームランを打てば、ドラフトにかかる可能性はある。投手なら地方大会で球速が140キロしか出なかったのに160キロを出せばプロから注目が集まる。そういう可能性がゼロとは言えない。神様が与えてくれたチャンスをすべて奪うのはどうかなと思う」と苦渋の表情を浮かべる。

 命が一番大事と前置きしながらも「すべてなしではなくて、何らかの救済措置を取ってあげられないものか。甲子園という舞台ではなくても、地方の49代表が決まるようなことがあれば、選抜が決まっていた学校も含めて秋にでも、どこかで日本一を決める大会をやってあげられないものか」と持論を訴えた。

 息子3人は、父の背中を追っていずれも東邦に入学。長男・斐祐翔(ひゅうま)さんは今春から東海大に進学し、1年の三男・竜友将(りょうま)さんにはチャンスは残るが、3年の次男・聖将(しょうま)さんは今回の“当事者”となってしまった。

「親として言わせてもらえばつらい。東邦が甲子園に出られる出られないではなくて、ここまで次男が3年間やってきたことを見てきたが、目標が一切閉ざされてしまって…。2年の春に全国優勝したときはスタンドで見守っていたけど、次は甲子園のグラウンドに立ちたいという思いはあったとは思う。『前を向いて頑張れ』としか声をかけられなかった」と打ち明ける。

 その上で高校球児の気持ちを改めて代弁しながら「高校生活で苦しい思いをしてきたことに引導を渡してあげて、次のステップへ行く区切りをつくってあげられたら。俺は理事長でも何でもないから力はないけど、そういう立場なら批判を受けてでもやってあげたい。一父兄としてでなく、一野球人としてこれは言いたい」とも語る。

 99年の引退後は横浜(現DeNA)、中日で打撃投手を務め、2014年3月にわらび餠店「喜来もち ろまん亭」(名古屋市東区)を開業。現在、コロナ禍で店の売り上げは厳しい状態だというが、高校球児への思いはどこまでも熱いままだ。