明大投手だった八名信夫のアンソロジー

2019年07月07日 10時00分

ソフトバンクのキャンプを訪問し、工藤監督(右)を激励する「悪役商会」の八名氏(2015年)

【越智正典 ネット裏】消えゆく古里、帰れない古里…。八名信夫脚本・監督。協力、RKK熊本放送、熊本市、熊本県、映画「駄菓子屋 小春」は、音もなく静かに字幕で始まる。

 八名(悪役商会)はDVDの箱書きで挨拶している。「地震そして豪雨の災害を受けた皆様の笑顔が一日も早く取戻せますよう全国の人達と一緒に応援して参ります」。この映画は彼が巨額の私財を投じて制作した自主作品である。

 絽の半纏の背中に「寅壱」の刺繍の八名が、熊本城の一隅に残った石垣を、よく耐えたね、いたわるように撫でている。そこへトタン屋根のケーキ屋。今度は自転車の荷台の箱を撫でる。パンを二ツ買う。小春に渡す。小春は仏壇に供えてから寅壱に胡瓜を一本。かじる。鼻水をこする。

 小春がちいさなシャベルで土を掘る。泥だらけの貯金箱が見つかる。仮設住宅。ちいさなビルにクレーン車。社殿の屋根が突き刺さった神社に人々が手を合わせる。素麺に風。カメラは美しい。

 小春の店に女の子がキャラメルを買いにくる。ハイ! オマケ。オマケはだれにとっても子どものときのうれしい“ふるさと”である。「走っちゃダメよ」。小春の声が少女を追いかける。天井から吊るしている銭箱代わりの鍋が揺れる。そこへ、それとわかるいかつい男が4人。店を売れ。八名が一撃のもとに叩きのめす。が、医者には「先生、わし、あとどのくらい保ちますかのうー」。薬を呑んでいるのを誰にも言わない。

 街の人々は明るく生きようとしている。居酒屋。三味線が賑やかである。「立てば眩暈で、座れば腰痛」。立てば芍薬、座れば牡丹…と囃し立てると思っていた客が沸く。

 …八名信夫は昭和29年、岡山東商から明治大学のピッチャーである。あの秋山登(故)、土井淳(駿台倶楽部会長)の岡山東商の後輩である。同期は51人。昭和25年、関西高から明治大学に入学、卒業後昭和34年に都市対抗全国大会で優勝の丸善石油の監督、岡田英津也(故)が、彼の走姿顕心を見て明治に推薦した。岡田は後年、広島の監督だった根本陸夫に呼ばれて二軍監督。キャンプ練習計画をまかされると、2時間ぶっとおしのキャッチボールを組んだ。根本が驚嘆。星野仙一の中日初優勝も助けている。

 八名は昭和31年東映フライヤーズ。監督は「オトウチャン」明大先輩、“神主一刀流”岩本義行。人生のアヤは不思議である。彼の歩みがそうだ。実家は映画館を数館。そして、あの名CM「まずい! もう一杯!」は、工夫の積み重ねから生まれた…。

 小春が車に轢かれそうになった少女を助けるため飛び込み、重傷。車椅子の人となった。二人は突堤にいる。小春が「今度はわたしが介護してあげるからね」。海が光っている。そう聞いてへたり込む。下駄がひっくり返っている。この作品は彼のアンソロジー(詞詩華集)のようだ。復旧した市内電車が走って行く…。八名はいま全国各地を行脚している。=敬称略=(スポーツジャーナリスト)