名言「生きてます!」西武・栗山が気を吐く原点

2018年04月25日 11時00分

西武・栗山巧

【赤坂英一 赤ペン】17年目の西武・栗山が大いに気を吐いている。開幕後しばらくベンチを温めていたが、20日のロッテ戦で代打逆転決勝タイムリー。「栗山、生きています!」とアピールした翌21日には、スタメンで逆転決勝3ラン。お立ち台で得意の敬礼ポーズを決めて見せた。

 昨季は外崎の急成長、金子侑の外野転向などで定位置を奪われ、控えだった2007年以来10年ぶりに規定打席数に到達せず。今季も11年ぶりに開幕スタメン落ち。そのころ、調子はどうかと聞くと、栗山は「うーん、何と言ったらいいか」と、複雑な笑みを浮かべてこう答えた。

「コンディションならいいんですよ。常にしっかりと準備してます」

 私にとって、栗山は思い入れの深い選手のひとりだ。初めてインタビューしたのは09年2月のキャンプ中。前年の08年、7年目でやっとレギュラーに定着し、167安打で最多安打のタイトルも獲得した栗山は「今年も続けないと二軍やから」と危機感を持って取り組んでいた。

「ぼくがずっと二軍にいた間、1年先輩の中島さん(現オリックス)、同期で同い年の中村が一軍に上がっていった。こっちはそれから2年も3年も二軍でしょう。置いてきぼりにされたような気分でした」

 西武の場合、寮と二軍練習場が一軍本拠地のメットライフドームのすぐ隣にある。「これが精神的にキツくてね」と栗山は言った。

「ドームでナイターをやってると、寮の部屋にガンガン聞こえてくるんですよ。攻撃中の応援団の鳴り物、ドッと沸くお客さんの歓声。一軍があんなに盛り上がってんのに、なんでおれだけこんなところにおるんやろう、こんなん最悪やん!って思いますよ」

 そんな二軍暮らしで培った負けん気で、栗山は08年からレギュラーに定着。12年にはキャプテンになり、3度の監督交代、14~16年の3年連続Bクラスと、低迷期の西武を引っ張った。その間に、09年は野球少年のようなあどけなさを残していた栗山は、年輪を感じさせるベテランの顔に変わっていった。

「年齢や経験を重ねて、ぼくも成長しました。もっと野球が上手になるように、上手になれると思いながらやってます」

 シーズンは長い。栗山ならもっともっと「生きてます!」と言える雄姿を見せられるはずだ。