村田修一栃木入り決断までの葛藤 現役に踏みとどまらせた家族の言葉

2018年03月10日 16時30分

会見後の写真撮影で誇らしげにユニホームを披露した

 新たな一歩を踏み出した。昨季限りで巨人を退団し、ルートインBCリーグの栃木ゴールデンブレーブスに入団した村田修一内野手(37)の記者会見が9日、栃木・小山市内で盛大に開かれた。NPB復帰への道が険しいと知りながら「野球を続けたい思いを抑えられなかった」と独立リーグでの現役続行を選んだ背番号25。決断に至るまでには相当な葛藤があった――。

 会場に集った報道陣、関係者は約100人。テレビ各局のカメラもズラリと並んだ。村田はチームカラーでもある金色のネクタイを締めて登場。「10月に戦力外を受けて長い間考えることがあった。野球を続けたい思いを抑えられなかった」と入団に至った心境を明かし「これからどういう道を歩むか分からないが、ゴールデンブレーブスのために前に進み、野球に精進したい」とあいさつした。

 背番号は大学時代から慣れ親しんだ25番。契約は9月のシーズン終了までとなった。昨季の年俸は推定2億2000万円だったが、新天地では最高で月給40万円からの再スタートだ。チームは10日に県内でキャンプインし、開幕は4月7日の群馬戦(敷島)。まずは7月31日の支配下選手登録期限までのNPB復帰が最大の目標となる。

 37歳のベテラン野手にとってNPB球団への復帰は簡単ではない。村田は「それは承知しています。戻るだけが全てじゃないとも思いますから。こういうところで野球をやってみて勉強できるのであれば、それも自分にとってプラスになると思っています」と覚悟を語った。

 巨人に自由契約を通告されてからの日々は長かった。当初は争奪戦も予想されたが、NPB球団からの声はなかなか届かない。実はその間、別れを切り出された巨人から新たな“オファー”を受けていた。球界関係者によれば、昨年11月末に静岡・熱海で開かれた巨人の納会に村田が出席した際、球団幹部が「ユニホームを脱いで米国へ野球留学に行かないか」と打診していたという。

 村田も一時は心が揺れたようだ。ただ最終的には現役続行への思いが勝った。家族に「まだユニホームを着てほしい」と懇願されたことが一番の理由。またNPB内部では今も村田を慕う選手や指導者、多くの関係者が「まだやれる」と信じ、移籍先を探して駆け回っている。会見では「辞めるのは簡単。でも周囲に納得してもらうことも必要。(引退は)僕一人で決断できることじゃないとつくづく感じた」と話した。

 目指すはNPB復帰だが、金色のユニホームを身にまとった今は新たなチームと土地に貢献することしか頭にない。一方でNPB通算1865安打、360本塁打のプライドは健在だ。5月には巨人三軍との公式戦が組まれており「一軍の選手はいませんし、僕がいた球団とは別の球団。そのときはゴールデンブレーブスのために守備に就いてバットを振るだけ。古巣とは思っていません」と“村田節”を炸裂させた。

 チームの本拠地である小山市は妻・絵美さんと日大の恩師・鈴木監督の出身地という縁がある。すでに地元では“村田フィーバー”が始まっており、球団には新たなファンやスポンサーを申し出る企業からの問い合わせが殺到しているという。

 愛する家族を横浜に残し、現在は人生初の一人暮らしにも挑戦中。「米は炊きました。洗剤を入れないで、水でちゃんとね。この前は初めて包丁を握ってキャベツを千切りしたら、指が危なかった。野球をやる前にケガするところでしたよ」と笑った。

 NPBからの吉報を待ちつつ、まずは新天地の色に染まる。“とちおとめ”ならぬ、栃木の新名物“とちおとこ”が今年はBCリーグから球界を沸かせる。