中継ぎの地位見直させた上原の言動

2018年03月10日 16時30分

ブルペンで投げ込んだ上原

取材のウラ側 現場ノート】2013年から始まった本紙連載企画「上原浩治・中継ぎピッチャーズバイブル」は「中継ぎ投手に対する評価を上げたい」という上原の切実な思い、先発投手などばかりに注目するマスコミに対する反骨心が原点となっている。今、メディア報道も「中継ぎ降格」から「中継ぎへ配置転換」と変わってきたのは、上原の言動によるところが大きい。

 レッドソックスではクローザーとして13年のワールドシリーズ制覇に大きく貢献したが、渡米2年目の10年以降、上原の役割のほとんどは中継ぎ投手。実際に13年は開幕から3度目の登板まで「6回に投げる男」だった。勝ちパターン、敗戦処理、イニングまたぎ、ワンポイント、ロングリリーフ、2連投、3連投などなど、リリーバーの役割、準備は様々であるから、切り替えが大切になってくる。抑えて当たり前の仕事。試合後、取材を受けるとしたら、サヨナラ打でも打たれた時か、あるいは記録達成時か。上原が口癖のように「いい時こそ我慢。また明日も試合がありますから」と話していたのが印象に残る。

 チームメートが主催するチャリティーイベントには、デーゲーム後であろうと、オフであろうと積極的に参加。「長いシーズンを一緒に戦っているわけやから。特にブルペン仲間はね」

「食事は好きなものを食べていますよ」と言いつつも、実際にはバランスを考えて野菜をしっかりと取り、鶏肉や牛肉などの脂身はナイフでそぎ落としていたという。「そのちょっとがね」という気持ちが、40歳を過ぎてもシェイプアップされたボディーを維持していた。

 日本ではドーム球場など、ブルペンが室内にあることが多いが、上原は「絶対に屋外にあった方がいい」と提案している。理由は3つ。①試合の雰囲気を自然と共有できる②プロの投手の投球練習や準備などを観戦に来た子供たちに見せることができる③自分が投げなくても、ファンにその姿を見せることができる。

「日本で10年、アメリカで10年プレーしたい」と公言していたが、1浪した大卒選手は今、日米20年目を迎えようとしている。あと10ホールドをマークすれば日米通算100勝100セーブ100ホールド、前人未到の「トリプル100達成」となる。