2006年に1Aを解雇された男が昨年オールスターの夢マウンドに

2018年03月10日 16時30分

ようやく花開いた苦労人のキンツラー(ロイター=USA TODAY Sports)
元局アナ 青池奈津子「メジャー通信」

 

【ブランドン・キンツラー投手(ナショナルズ)】「今でもあの時の言葉を覚えているよ。呼び出されて『少し足りないから、きみをリリースすることにした。背が足りないという意味じゃなくて、持っているものが少し足りないんだ』って。つまり、能力が足りないって言われたんだよね」

 これは現ナショナルズのブランドン・キンツラーが、2006年にパドレス傘下の1Aを解雇された時に言われた言葉。故障していた右肩は手術が必要だったが「178センチ右腕の肩が治ってもメジャーにいけないって思われていたんだ」。

 その後の17年7月、ブランドンはオールスター戦のマウンドに立っていた。まずはそこまでに至った彼の物語。

「本気になったのは独立リーグで3年くらいたった時。23歳で、自分の人生を本気で何とかしなきゃって思ったんだ。少し遅いんだけどね」

 06年にパドレスのマイナーを解雇された後、手術を受けた。他にプランもなく、野球を諦めきれずに翌年からカナダのマニトバ州ウィニペグにあった独立リーグのチームでプレーした。そこで野球の次に得意だったというゴルフの大会に参加した際、大会スタッフがミーティングしている横をたまたま通り掛かり、一人の女性に目がくぎ付けになった。それが今の妻、メリッサさんである。

「ゴルフ場の何番ホールかで彼女が働いていて、僕がバーディーを取ったら連絡先を教えてってお願いして、実際に番号を聞き出した。すごくうれしかったけど、これが一筋縄ではいかなくて。彼女は僕に全く興味がなかったから、何度も何度もアプローチして、ようやくランチにこぎつけたんだよ」

 晴れて交際をスタートしたものの、すぐに大きな問題が…。「カナダでの野球シーズンが終わってしまって、本来なら地元のラスベガスに戻るんだけど、彼女が『あなたが家に帰るなら、この関係を続けることは無理だわ』って。そう言われたら残るしかない。まあ若いし、帰って特別することがあるわけでもないしって、交際1か月で彼女と同棲することに。でもカナダではビザがないから働けないし、そもそもお金がないから、本当に悪夢みたいな生活だったよ(笑い)」

 しかし、この冬が転機になった。「球団のシーズンチケットを売る手伝いをさせてもらっていたんだけど、オフィス勤めの人たちと接する機会が多くて、ランチをしながら話を聞いていると、いい生活をしているのに惨めそうだったんだ。そうはなりたくないなって思った。それからは僕らの生活をもっと良くしたいって思ったし、彼女をカナダから連れ出して、米国に連れて行ってあげたいって思った。カナダがすごく寒かったから。マイナス46度の世界って知ってる? 本気で寒くてつらいんだ。彼女が僕に、もっといい人生を歩みたいと思わせてくれて、野球こそが僕らをここから出してくれる最良の方法なんじゃないかって思ったんだ」

 人生の目標が定まったブランドンは翌年、ミネソタ州にあった別の独立リーグへ移った。=つづく=

 ☆ブランドン・キンツラー 1984年8月1日生まれ。33歳。ネバダ州ラスベガス出身。178センチ、86キロ。右投げ右打ち。2004年にドラフト指名されたパドレスに入団。右肩の故障で06年に自由契約となり、独立リーグを渡り歩く。ブルワーズに在籍していた10年9月10日のカブス戦でメジャーデビュー。13年からリリーフに定着する。オールスター戦に初選出された昨季は7月にツインズからナショナルズへ移籍し、計72試合に登板し4勝3敗29セーブ10ホールド、防御率3.03。ナショナルズではセットアッパーを務める。