【赤坂英一 赤ペン】大谷翔平が海を渡る。彼の場合、「メジャーに行く」ではなく、あえて「海を渡る」という古風な表現を使いたい。なぜなら、大谷は花巻東時代から日本史の授業が好きで、プロ入りしてからも幕末にまつわる本をよく読んでいたからである。

 私がこの話を聞いたのは3年前の2014年夏、花巻東の佐々木洋監督にインタビューしたとき。監督の本職が日本史の教師だったからか、大谷は得意な科目を聞かれるたびに日本史と答え、「とくに幕末が面白いんですよ」と話していたという。

 そこで早速、大谷本人に確かめることにした。

 ――実は、日本史が好きなんだそうですね?

「(一瞬、キョトンとして)えっ? いや、そんなことはないですけど…」

 ――でも、佐々木監督がそう言ってましたよ。

「ああ、日本史ですか。すみません、一瞬“日本酒”と聞こえたもので。そうですね。歴史を勉強するのは大事なことですし、いろんな本を読んでみると面白いですし」

 ――興味があるのは幕末だそうですけど、とくに心ひかれるヒーロー的な人物なんていますか。

「勝海舟とか、坂本竜馬が好きですね。そういう人たちの本は、勉強以外でもよく読んでました。いまでも読んでますよ」

 ――いまでも? 本当に好きなんですね。例えばどういう本でしょう?

「はい、勝海舟の『氷川清話』を読んでます」

 勝海舟とは言うまでもなく、幕臣として日本の開国に尽力したこの時代の英雄のひとりだ。1860年に咸臨丸で海を渡り、米国の政治・経済・文化を現地で身をもって勉強。1868年に西郷隆盛と直談判して実現させた壮挙「江戸城無血開城」は、何度も小説、映画、テレビドラマ化された。

「氷川清話」はそんな海舟が晩年につづった政治回顧録。講談社学術文庫に収録されているので、一般人でも普通に買って読むことはできる。とはいえ、20代前半の若者が好んで読むような本ではなく、ましてやプロ野球選手の口から「氷川清話」を読んでいると聞いたのは大谷が初めてだった。

 そういうわけで、私の頭の中では、咸臨丸で渡米した勝海舟と大谷の姿がダブっている。だから、彼のメジャー挑戦を「海を渡る」と表現した次第だ。日本で投打の二刀流を貫いた大谷、メジャーでも幕末の志士をほうふつとさせるような“維新”を起こしてほしいものである。