足で稼いで20年 外国人選手こぼれ話 広瀬真徳

 闘将――。日本でこの言葉を聞くと、ファンの脳裏には星野仙一氏(70=現楽天球団取締役副会長)が浮かぶ。では、メジャーではどうか。私が取材で出会った中でその言葉にふさわしい人物はルー・ピネラ氏である。

 イチロー(現マーリンズ)、佐々木主浩(現野球解説者)がマリナーズ在籍時の監督で、闘争心むき出しの気性は有名だった。判定に不服があると、すぐにベンチを飛び出しブチ切れることもしばしば。こうした言動から、米メディアには「瞬間湯沸かし器」というあだ名まで付けられた。

 そんな闘将に私は思い出深い記憶がある。2001年夏、ある試合後のことだ。

 その日、チームは逆転負けを喫したこともあり、普段は冗舌なピネラ監督も不機嫌そのもの。監督室に集まった大勢の報道陣も不穏な空気を察知したのか、わずか数分で囲み取材が終了した。

 現場のこうした状況はよくあること。特段驚くことではない。だが、当時の日本はイチローの活躍で盛り上がっていた。米シアトル在住だった記者にも、デスクから連日「イチロー周辺の声を極力原稿に盛り込んでほしい」という要望が来ていた。そんな状況で、その日複数安打を記録していたイチローについての監督コメントを取らないわけにはいかない。

 再び一人で監督室に戻り、ピネラ監督に「イチローの活躍についてだが…」と質問した。

 ユニホームから私服に着替え途中だった指揮官。すぐに手を止め、こちらをにらみ付けるやいなや、「瞬間湯沸かし器」のスイッチが入った。

「おまえはこの状況でイチローのことを聞くのか。今日はそれどころじゃない。出て行け!」

 はいていたソックスを投げ捨てたピネラ監督の頬は真っ赤に染まっていた。「鬼の形相」とはまさにこのこと。すぐさま「申し訳ない」と謝罪。足早に監督室を出ると、思わず頭を抱えた。

「やってしまった…」

 半ば強引にコメントを取りに行った行動に反省と後悔が募る。偶然、監督室前で一部始終を目撃していたリックというチームトレーナーが「ルー(ピネラ監督)は悪い人間じゃない。彼の気分が最悪な時だったから運が悪かっただけ。気にするな。明日になれば彼も忘れているよ」と慰めてくれたものの、不安を抱えたまま帰路についた。

 自宅に戻っても悶々とした気持ちは晴れなかった。

「あの怒りようなら、二度と話をしてくれないんじゃないか。でも、とにかくもう一度謝るしかない」

 覚悟を決めた翌日午後、球場入りした直後に監督室に向かった。入り口の扉をのぞくと、椅子に座る指揮官とすぐに目が合うと、怒号が飛んだ。

「またおまえか。中に入れ!」

 全身の震えが止まらないまま、恐る恐る足を踏み入れた。

 (次回28日に続く)