契約金問題での批判を糧に飲食店で“奮投”中の那須野さん

2017年02月19日 11時00分

店内には来店した選手のサインも
異業種で輝く元プロ野球選手

 

【那須野巧(元横浜、ロッテ投手)】駅前からアーケード商店街が続く東京・板橋区大山。平日の夕方ともなれば大勢の主婦や学校帰りの学生らでにぎわいを見せる。そんなアーケード街から路地に入った一角で、2004年のドラフト自由獲得枠で入団した大型左腕がお好み焼き・もんじゃ焼き店「ひだまり」を経営している。横浜、ロッテで活躍した那須野巧さん(34)だ。

 

「もうオープンして3年目に入りました。店のオーナーですけど、定休日以外は頻繁に店に来て接客もしていますよ」

 

 笑顔で出迎えてくれた那須野さん。身長192センチの鍛え抜かれた肉体と端正なマスクは現役時代と変わらない。

 

 2004年のドラフト自由獲得枠で日大から横浜に入団。東都大学リーグ通算22勝を挙げた長身左腕は将来を嘱望されていた。

 

 ところが、1年目から思うような結果を残せなかった。その後、中継ぎに活路を見いだすも、持病だった腰痛や左肩故障もあり徐々に低迷。ロッテへのトレードを経て、11年にユニホームを脱いだ。

 

 そんな那須野さんが異業種に乗り出したのは引退から3年後の14年11月。知人の紹介で知り合ったお好み焼き、もんじゃに精通する職人とともにこの地で再スタートを切った。

 

「当初は渋谷とか今住んでいる池袋などに店を出すことも考えましたが、家賃が高く競争も激しいうえ、失敗した時のリスクも大きい。そう考えたら、最初は地元(豊島区)に近くて、身の丈に合った店の方がいいと思いまして」

 

 とはいえ、長年野球一筋の人生。飲食業経営のノウハウは皆無だったため、当初は困惑の連続だったという。

 

「店を繁盛させたい気持ちはあっても、どうやって繁盛させるかが難しい。広告を出せば費用がかかるうえ、お客さんが来てくれる保証もない。その中でどうやって息の長い経営をしていくか。いまだに答えは出ないので日々、考え続けています。ただ、僕の場合は過去のこともあって、何か失敗すると『アイツはダメだ』と言われてしまう。そんな悔しさもありますから意地でも頑張っていきたいんです」

 

 那須野さんには忘れられないつらい過去がある。07年に発覚した契約金問題である。横浜入団の際、球界で定められていた額を超える契約金を受け取ったことで世間から厳しいバッシングを受けた。猛省しても、一度付いたイメージは簡単に払拭できない。

 

 世間から冷たい目で見られ、何か言えば「反省していない」と叩かれたこともあった。それでも、新たな舞台でひたむきに努力すれば周囲の目は変わる。今はそんな「変化」を実感している。

 

「ありがたいことに、お店に来てくれるファンの人は本当に温かくて。ベイスターズが昨季CSで巨人と対戦した際には、わざわざ横浜方面から大勢の方が店を訪れてくれました。その光景を見ただけでも、この店をやって良かったと思いました。これからも店名のような温かい雰囲気の店を作っていきたい」

 

 苦境を糧に成長した那須野さんの奮闘は続く。

 

 ☆なすの・たくみ 1982年、東京都生まれ。日大から2004年の自由獲得枠で横浜入団。05年に一軍初登板。07年に契約金問題が発覚も、同年に中継ぎとして年間63試合登板。09年オフにロッテにトレード移籍。11年に現役引退。14年に東京・大山に鉄板焼き店「ひだまり」をオープン。現在に至る。プロ通算成績は121試合13勝27敗1セーブ、防御率5・27。左投げ左打ち。

【関連記事】

関連タグ: